池袋おいかけっこ
かと言って彼の為に生きる、なんて事は一切しないのが臨也と言う男である。己が生きる時の流れに逆らわず、けれど静雄は必ずその糸に絡みつくから気にしていないと言うのもあるが。
──どれ位走っただろう、どれ位交えただろう。
立体駐車場のそこは4F、駐車していた車のボンネットに埋まる静雄を前に、臨也は新たな興味が駆り立てる痺れを背に抱え無意識に笑っていた。
静雄が動けなくなるまでおいかけっこをしたのは久しぶりだ、近寄ればふぅふぅ獣のような荒い息を上げる静雄が、臨也を鋭い視線で貫いてくる。
何時もならそう簡単に構ってやる、なんて事はしないけれど。
「ねぇシズちゃん」
ぎりっと静雄の奥歯が鳴った。この怪力じゃ己の歯すら折りそうな音である、額から滴る血液が潰れた、黄色い車のボンネットに流れ落ちて。ああ綺麗だよね、臨也はほんのりとそんな感想を脳裏に浮かべる。
「……ここから出て行け」
「ねぇシズちゃん、そんなに俺がすき?」
「池袋は手前の居ていい場所じゃねぇ……」
「答えてよシズちゃん」
「臨也ッ!!」
「……強情だな」
音を立てず軽やかに、臨也の利き手は開いたナイフを振り下ろしていた。
カン、と浅い音を立てて静雄の肩をやや切り裂いたそれは、身体を受け止めた車体に刃先だけを埋めて止まっている。
──そうやって肌を切って滴る血はあるのにさ。
「少しは痛がってよシズちゃん」
この男は眉一つ動かさず威嚇の眼差しを止めないのだ。
背に飼っていた疼きがゾクリと音を立てて臨也を包む、静雄がくれるこの興奮こそが、彼を止まない理由なのだから仕方ない。
「臨也……ッ」
「なあに」
もう一度動いた手に躊躇いはなく、臨也は引き抜いたナイフをくるりと反転させその"え"の部分を静雄の口に突っ込んだ。唐突な行為に呻く声は耳に馴染み、反射的に寄った眉間の皺は褒美のような視覚効果。
食い込む歯列は綺麗な並びで、奥の赤は興奮の余韻で充血しているようだ。
「そんなにすきならさ、シズちゃん」
「ッ……!」
「味覚も触覚も俺を覚えてよ」
歯が食い込むナイフの柄、その隙間に臨也は指をねじ込んだ。異物を押し出すよう暴れる舌を見付けた拍子に走る痺れが堪らない、そんな笑顔を浮かべるままに、汚れた指が静雄の舌を弄ぶようにこねくりまわす。