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うしろの正面

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#3


「最近、君の周りで亡くなった人はいないか?クラスメートとか……」
「え? いえ、いませんけど」
「行方不明になった人も?」
「ええ」
「なら、ここ数日の間に校内でも普段は近付かないような場所に行かなかったか?
幽霊が出るとか、妙な気配がするとか、いわくつきのスポットがこの学校にはたくさんあるが……」
「たとえば旧校舎とかですよね? ……噂に聞いている場所には行ってないですよ。
怖い話って苦手で……だからなるべく避けてるんです」
「そうか……それなら、いいんだ」
 
 核心に触れずにさりげなく原因を探るのは、存外に難しい。
 結局坂上に質問しても手掛かりは得られなかった。
 
 
 疑問はいくつかある。
 新聞部の部室を守っていた存在──あれはどうなったのか。そもそも何者なのか。
 そして、坂上を取り殺そうとしている悪霊。あれは、坂上自身に取り憑いているというよりは、部室に居座っている、という印象を受けた。
 部室を守っていた何かよりも悪霊の力の方が強かった、ということか。一体で綾小路を気絶させるくらいなのだから、大川よりも手強いことは確かだ。
 大川にも梃摺っている自分が敵う相手なのだろうか。
 あのおぞましい声を思い出して、改めて背筋がぞっとする。
 
 
 翌日の昼休み、綾小路は朝比奈の教室を訪ねた。新聞部に関わりのある霊のことならば、彼に探りを入れた方が詳しいことがわかるかもしれないと思ったのだ。
 
「昔、新聞部で在籍中に亡くなった生徒はいないか?」
「昔って、どのくらい昔だ?」
「……そうだな、ここ五年以内なら、どうだ?」
「過去の資料を調べればわかるかもしれないが、……とりあえず俺が入学してからはひとりもいないな」
「死亡が確認されていない場合は?その人が一年生の時に行方不明になった者もいないか?」
 
 最後の質問に、朝比奈の眉がぴくりと動いた。しかし、一瞬の間をおいて頭を振る。
 
「……いや、いないよ。どうしてそんなことを?」
「それは……」
 
 やはり事情を話さずに聞ける事には限界がある。
 
「……今は何も聞かないでほしい。ただ、協力してもらいたいことがあるんだ」
 
 おかしな目で見られてもいい。坂上を救うためなら、背に腹は変えられない。
 意を決して頭を下げると、朝比奈は軽く溜息をついて苦笑した。
 
「そうだな、内容による」
「……今日の放課後、部室を僕に貸してもらえないか」
 
 やはり、悪霊自身と対峙して直接問わなければ何も掴めない。危険な駆けだと承知しているが、それが一番手っ取り早いのだ。幸い今日は新聞部の活動がないため、彼らを巻き込まずに済む。
 
「それは……わかった。今日は用事があって立ち会えないが、鍵は俺が取りに行こう。部室の前で待っていてくれ」
 
 ただならぬ雰囲気を感じ取ったのか、朝比奈は何か言いかけ、しかし結局何も言わずに了承した。
 
 
 放課後、綾小路は新聞部に向かいながら違和感を覚えた。
 ……部室棟の雰囲気が、元に戻っている。以前と同じように清浄な空気と、守られているという安心感──これはいったい、どういうことだろうか。
 部室の前に辿り着いても、その印象は変わらない。昨日感じた禍々しさが、まったく消え失せている。
 
「綾小路」
 
 やや遅れて、朝比奈が鍵を持ってやってきた。急いでいるのか、それを手渡すやいなや去っていく背中を見送り、早速部室の中に足を踏み入れる。
 
 ──そこには先客がいた。あまりにも鮮明な存在感、洗い立てのシャツのような清涼な匂いに、一瞬生きた人間かと錯覚する。
 そうではない、とわかったのは、彼が制服ではなく私服を着ていたからだ。
 年の頃は17くらいだろうか。背丈は綾小路より高く、整った顔に眼鏡を掛けている。
 彼は、穏やかな表情で綾小路を見ていた。
 
「君は、誰だ?」
「……俺のことか?」
「ああ」
「驚いたな、俺が視える奴がいるとは。ま、今は気配を殺していなかったから、当然といえば当然か」
 
 言葉通り驚いたような表情を見せると、その幽霊は椅子に腰を下ろした。いつも朝比奈が座る席の隣の……何故かいつも誰も座らないパイプ椅子に。
 
「俺は、そうだな……新聞部の守護霊みたいなものだ」
「守護霊……?」
 
 守護霊なら、これまでにも何度か見た事がある。
 大抵は家族親類やその子孫の背後霊、あるいは建物の地縛霊だが、あれはあれで未練や執着の塊だ。普通なら金属を溶かしたような、硬質で熱を孕んだ臭いがする。それは決していい匂いではない。
 だからこそ、目の前の存在が不思議でならなかった。
 
「……部室に守護霊とは珍しいな。そんなに新聞部に思い入れが?」
「ああ。昔話を聞くか?
──俺はかつて熱心な新聞部員だった。ある時……文化祭の為の特集記事を任され、張り切って取材に出掛けた帰りの事だ。
失敗なく取材を終えて気が緩んでいた俺は、信号の色をろくに確認せず車道を横断し、トラックに撥ねられ、そのまま……──。
結局俺は、自分で特集をまとめる事ができなかった。だからだろうな。俺はずっとこの場所に囚われたまま……新聞部の仲間や後輩達を見守って来たんだ」
 
 君の事も、と彼は人の悪い笑みを浮かべる。
 
「知ってるよ。大川の除霊に失敗して、魂を狙われているんだろう。
ありゃ、低級霊の集まりだぞ。大した力は無い。
視える、聞ける、嗅ぎ取れる、その気になれば話も出来る、にも関わらず霊を祓う力は三流以下か。
面白い奴だな、綾小路」
「何故、僕の名前を……」
「わかるさ。覚えておくといい。俺はこの新校舎で、俺より強力な霊を見たことが無い。
まあ、旧校舎の霊は別格だが、奴らはあそこに縛りつけられているからな。近づかなければ害は無いだろう」
 
 それなら、と綾小路はとまどう。
 
「ならば何故、悪霊の侵入を許したんだ」
「悪霊?」
 
 守護霊は心底不思議そうに首を傾げた。どうやら本当に心あたりが無いらしい。
 綾小路が仕方なく事情を説明すると、彼は少し考えてから「なるほど」と頷いた。
 
「それは多分、俺が此処にいない間に出てきたんだろう。俺も毎日此処にいるわけじゃないからな」
「そう、なのか……?」
「心配なのは新聞部だけじゃない。俺にだって、家族がいる」
 
 伏し目がちにそう語り、また綾小路に視線を戻す。
 
「しかしその悪霊とやらは、俺が戻ってきた時には影も形も無かったぞ。俺の気配に気付いて逃げ出したのかもな。今日、坂上には会ったのか?」
「話はしていないが、見かけた。まだ肩に黒い影があった」
「それは厄介だな。此処にいないということは、坂上の家に移動した可能性もある」
「……そうか」
 
 相変わらず、何故坂上が悪霊に目をつけられたのかは謎のままだ。
 解決の糸口さえ見つけられず唇を噛む綾小路を眺めて、新聞部の守護霊はひとつの提案をした。
 
「俺が協力してやろうか?」
「え?」
「坂上を、助けたいんだろ?」
「あ、あぁ……」
「坂上は、俺にとっても可愛い後輩だからな。君だけではあまりにも心許ない事だし」
「っ……悪かったな」
作品名:うしろの正面 作家名:_ 消