うしろの正面
「そんなことないです!……でも、」
記事の資料でも集めているのか、数冊の本を重そうに抱えて、坂上は困惑したように目を伏せた。
その旋毛に影がさす。
「坂上、そろそろ日野の病院に行……」
坂上を追い越すようにして、その背後から現れたのは朝比奈だった。
綾小路と目が合った途端、ばつの悪そうな顔を見せる。
「……やあ、綾小路。俺達は用があって欠席するが、お前は今日も部室に行くのか? まだ何か聞きたいことがあったら御厨に──」
「待て、……病院? 日野というのは、日野貞夫のことだよな。あいつは、死んだんじゃなかったのか?」
問い掛けた瞬間、朝比奈と坂上の表情が凍りついた。
固まったままの坂上の肩に手を添え、朝比奈は一度床に目を落とし、それからゆっくりと面を上げた。
「ふざけるな。言っていいことと悪いことがある。
……日野は死んでなんかいない。どんな状態であれ、懸命に命を繋いでいるんだ。
それをよく知りもしないで適当な噂を流して喜んでいる奴らもいるけどな。
──お前もそのクチか、綾小路」
「違う!」
考えてみれば、日野は一言も死んだとは言っていなかったではないか。それを勝手に解釈したのは自分だが、日野も訂正しなかった。
(あいつ……!)
「朝比奈──僕も連れて行ってくれ。日野に会って確かめたいことがあるんだ」