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うしろの正面

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Epilogue


「……今日はダメだ」
 
 たっぷり十秒ほどの沈黙の後、朝比奈は静かにそう答えた。
 
「何故?」
「日野が退院するんだ。これからは自宅で療養……という事になる」
 
 歯切れの悪い返事に綾小路は眉を寄せる。
 
「事故が起こったのはいつだ?」
「二年前の秋」
「それからずっと入院していたのなら……日野の容態は?」
「……辛うじて生きている、といったところだな。事故以来一度も意識が戻っていない──いわゆる植物状態ってやつだ」
 
 予想外の事実に息を呑む。視界の端に今にも泣き出しそうな坂上の姿が入り、いたたまれない想いに駆られた。
 
「その状態で、退院?」
「これ以上入院していても快復の見込みはないそうだ。要するに、匙を投げられたのさ」
 
 朝比奈は笑い飛ばそうとして失敗し、引きつった微笑みを片手で覆い隠した。
 
「──日野の身体を部屋に運んでやらなきゃならない。あいつの父親は、海外に出張中らしくてね。男手が足りないそうだ」
「なら、なおさら僕も手伝いを……」
「いや、俺と坂上だけで十分だ」
 
 綾小路の申し出をやんわりと拒絶し、朝比奈は坂上の肩を抱いたまま歩き出した。
 
「明日連れていく。今日は遠慮してくれ」
 
 すれ違いざまにそう言われては、反論もできない。
 
 ──知らなかった事とはいえ、朝比奈には随分と遠慮のない質問をぶつけてしまった。今更後悔しても遅いが、調べようと思えば他にいくらでもやり方があった筈だ。
 悪い噂をたてられ弱り切っていた綾小路に対する、朝比奈と坂上の優しさを思い出す。
 あれは、彼ら自身が日野の事で無責任な噂に心を痛めてきたからこその態度だったのだ。
 
 
 
 翌日の昼休み、坂上がわざわざ綾小路の教室に訪れ、「部活が終わったら日野さんの家に案内します」と伝えてきた。その身体はほぼ全身が例の影に覆われ、顔色もよくない。
 しかし綾小路は、坂上のうっすら赤く腫れたままの目元に、より胸を締め付けられた。昨晩も泣いたのだろうか。綾小路の視線に気付いた坂上は、気まずそうに瞼を伏した。
 涙の理由は、もはや明白だ。
 
「……日野とは、入学以前から知り合いだったのか?」
「あ、いえ。実は僕、日野さんと直接お話したことは一度もないんです」
「え? じゃあ、どうして……」
 
 面識がないなら、何故朝比奈は他の仲間を差し置き坂上だけを連れて見舞いに行くのだろう。
 
「……それは、放課後にお話します。だから綾小路さんも、ちゃんと教えてくださいね」
「え?」
「何か、悩んでますよね? しかもそれは、僕や、日野さんに関わる事なんじゃないですか?」
「それは……」
 
 話してしまっていいのだろうか。気味が悪いと思われないだろうか。不安で言い淀む綾小路に、坂上はふわりと笑いかける。
 
「僕だけ話を聞いてもらうなんて嫌です。僕だって綾小路さんの力になりたいんですから!」
「坂上君……」
 
 一方通行な想いではなかったのか──。あまりの嬉しさに、泣いてしまいそうだった。
 
 
 
 約束通り訪れた部室に、日野の気配は無かった。だからといって、いつかのように悪霊に占拠されているわけでもない。
 自宅で待つ、ということだろうか。綾小路は首を傾げながらも、顔馴染みの部員達に軽く挨拶をして坂上の向かいの席に座った。
 坂上は作業の手を休め、緊張した面持ちで綾小路を見上げる。
 
「まず君から話してくれないか。……まだ決心がつかないんだ」
 
 事故当時、日野との接点がまったく無かった筈の坂上が、何故彼のことでそれほどまでに思いつめるのか、それを知りたいと思う。
 そして、その内容によって決めるつもりだった──話すか、話さないかを。
 
「……僕が日野さんの事を知ったのは、春に偶然見つけた過去の記事がきっかけでした。
それはこの学校に伝わるあるひとつの怪談をまとめたもので、怖い話が苦手な僕には読むのも遠慮したいような内容でした。
でも……とてもわかりやすく臨場感たっぷりに書かれていて、気付けばその文章にすっかり引き込まれていました。
その記事を書いたのが、日野さんだったんです。
部長のお話や記事を通してしか知らないけど、日野さんは僕にとって本当に尊敬できる憧れの先輩なんですよ」
 
 七不思議の特集の話が持ち上がったのも、その記事の発見が発端だったのだ、と横で聞いていた朝比奈が補足した。
 
「そうだったのか……」 
 坂上と日野の間には、たとえ言葉を交わさなくとも、濃密な時間が流れていたのだ。
 そしてそれがなければ、綾小路がこの広い鳴神学園で坂上に出逢うことはなかったのかもしれない。
 
「綾小路」
 
 整理した資料をファイルに収めながら、朝比奈は何気ない様子で問い掛けた。
 
「もしかして、お前には日野が視えているんじゃないのか?」
 
 それを問われた事に驚いて、即答できない。
 ファイルを閉じて綾小路に視線を移した朝比奈の瞳は、真剣そのものだった。
 
「教えてくれ。日野の霊が視えたから、あいつについて尋ねてきたんじゃないのか?もしそうなら、あいつに呼び掛ける事はできないか?できるなら伝えてほしいんだ……戻って来い、って──」
 
 その口調は淡々としていながら熱がこもっていた。
 綾小路は躊躇いつつも、坂上を蝕む死の影や悪霊のこと、新聞部の守護霊だと名乗った日野の事を話した。
 坂上の話を聞いていてふと浮かんだ疑念については明かさず、ふたりの反応を窺う。
 
「……綾小路、その悪霊は、眼鏡をかけていなかったか?」
「え? そこまでは、よくわからなかった」
「そうか」
「部長、眼鏡って?」
「俺の思い過ごしかもしれないが……」
 
 
 
 
 
 エアコンから漏れ出す微風が、夏の直射日光を浴びて汗ばんだ身体を冷やす。じっとしていると寒気すらして、季節を忘れてしまいそうだった。
 西向の窓はカーテンが引かれ、落日の強い光を遮っている。時刻は十八時より少し前。部活を早めに切り上げて、三人は日野宅を訪ねていた。朝比奈と坂上は日野の顔を少し見てから部屋を出て行き、今はリビングで日野の母親と談笑していることだろう。
 ひとり残った綾小路は、カレンダーすら事故当時のままの室内をゆっくりと見渡し、最後にベッドサイドに腰を下ろした。
 生命維持の為の機材、無数の管を付けて横たわるその身体は、二年程眠り続けているせいかほっそりとしており、身の丈も綾小路より少し低い。
 そしてそのまわりには、綾小路以外に視えないのが不思議なくらいにはっきりと、不吉な黒い影が煙のように漂っていた。
 
「日野」
 
 姿は見えないが、此処にいる。確信を込めて呼びかければ、彼は気配と声で応じた。
 
──来たのか、綾小路。
 
「ああ、誰かさんのおかげで遠回りになったけどな」
 
 皮肉を込めて溜息を零せば、愉快そうに笑う気配がして、窓辺に人影が現れた。
 
「……悪霊は、お前だな?」
 
 意を決して問い掛けると、日野はあっさり頷いた。
 
──ああ、そうだ。
 
「どうして坂上君を殺そうとしているんだ。彼はお前を、話をしたこともないのにあんなに慕っているじゃないか」
 
──だからこそだ。
作品名:うしろの正面 作家名:_ 消