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日坂短編集

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… 話に聞いていたのと違っていたので、H先輩はびっくりしました。昔の話では、飴玉ばあさんの飴は、しわくちゃの袋に入った、ゴルフボールくらいの大きさの飴でしたよね。でも、H先輩がもらったのは、綺麗な包装袋に入った、赤いハート型の飴でした。親指の爪くらいの大きさで、一包みに二粒入っているんですよ。
H先輩は、思わず「これはどういう飴なんだ」って聞いたそうです。
飴玉ばあさんは、惚れ薬だと答えたそうです。
どんなに無理な相手でも、その飴を一粒ずつ一緒に食べたら、お互いを好きになるっていうんですよ。
H先輩は家に飛んで帰って、飴をどうするか、一晩中考えたそうです。
この一袋を有り難く使うだけなら、痛い目に遭うことは無いはずだと思いましたから、悩んだのは使い道です。
 
 S君と一緒に舐めて、想いを成就させるか。
 Kさんと一緒に舐めて、ホモを卒業するか。
 S君とKさんに一緒に舐めるように言って、S君のしあわせを見守るか。
 
H先輩はどうしたと思いますか?
彼はやっぱり、欲望には逆らえなかったんです。S君と一緒に飴を食べました。
効果は凄かったんですよ。S君はH先輩を好きだと言って離れなくなりました。一緒に昼ご飯を食べたり、手を繋いで一緒に帰ったりしました。
普通の男女なら噂になるでしょうけど、H先輩は巧みに人目を避けて、誰にも気付かれないようにS君と愛を育んだんです。
 
H先輩は幸せでした。でも、だんだん怖くなってきたんです。小さい飴玉ですから、いつか効果が切れてしまうんじゃないかって心配したんですね。
H先輩はそれを確かめるために、飴玉ばあさんにもう一度会うことにしました。
 
会いたいからといって、そう簡単に会える筈が無いって、普通は思いますよね。でも、H先輩は会えたんです。彼には、飴玉ばあさんに会う資格がありましたから。
実は、飴玉ばあさんに会えるのは、恋をしている人なんです。それも、恋人がいる人や、恋に恋をしているだけの人はダメなんです。真剣に片想いをしている、少なくとも自分では片想いだと思っている人だけが、飴玉ばあさんに会う資格があるんですよ。
でも、飴をもらえる人は、さらに限られるんですけどね。
 
H先輩に問い詰められた飴玉ばあさんは、親切に飴玉について解説してくれたそうです。
 どちらか一方でも本当に相手に恋心を持っていないと、効き目がないこと。これは、はじめから想像がつくことですよね。そもそもどちらかが相手を好きじゃなきゃ、惚れ薬なんて使いませんから。
 そしてその効き目は、もともと相手が一緒に飴を食べさせた人に対して持っていた好意の分だけ続くこと。この好意は、恋心じゃなくていいんです。尊敬や憧れ、そういう感情が薄ければ、効果も薄いんだそうですよ。
 
H先輩の不安は大きくなりました。
S君は、H先輩に対してどの程度の好意を持っていたと思いますか?
H先輩はまったく自信がありませんでした。だって、S君の想い人は元々Kさんなんだと思っていましたから。自分なんて、ただの親切な先輩という程度だろうって、普段よりずっと卑屈に考えてしまったんです。
 
H先輩は、もっと飴玉をくれるよう、飴玉ばあさんに丁寧に頼み込みました。無理矢理乱暴に取るわけにはいかないですから。
飴玉ばあさんは、気前よくくれたそうですよ。ありったけ、全部。話に聞いたのと、だいぶ違いますよね。もしかしたら、この飴玉ばあさんと、昔の飴玉ばあさんは、別人なのかもしれませんね。
 
飴玉ばあさんは効き目の目安も教えてくれたそうです。
 赤の他人なら一日。
 知人程度なら三日。
 友人なら一週間。
 特に仲がよければ十日間。
 尊敬する人や、信頼する人ならニ週間。
 家族なら、一ヶ月。
 逆に嫌われていたら、五日間。面白いですよね。
 
その時、H先輩とS君が付き合い始めてから、既に一週間以上経っていました。ということは、効き目が切れるのは数日後の筈です。
H先輩は、ちょうど二週間目に、またS君と一緒に飴を食べました。
それを、四回くらい続けた頃でしょうか。S君は、学校を休みがちになりました。心配したH先輩はS君の家を訪ねました。
S君は一人で家にいました。S君は母子家庭で、お母さんは仕事で留守が多いんです。
H先輩はS君が元気そうに見えたので安心しました。S君がしきりにお茶を飲んでいくようすすめるので、少しだけお邪魔することにしました。
H先輩を部屋に通すと、S君は飲み物を準備するといってキッチンに行きました。H先輩はS君の部屋に入るのが初めてだったので、ドキドキソワソワしながら、部屋をきょろきょろ見回したりしてS君を待っていました。でも、戻ってこないんです。
10分経った頃、H先輩はさすがに心配になって様子を見に行ったそうです。
 
S君は、廊下の途中で倒れていました。廊下には割れた硝子の破片やコップの中身が散乱していました。H先輩はびっくりして、S君の名前を叫びながら駆け寄り、彼を抱き起こしました。
S君はうっすら目を開けると微笑いました。立ちくらみを起こしただけだっていうんです。でも、次の瞬間、それだけではすまないことが起こりました。
S君が急に咳込んだかと思うと、口を押さえる指の隙間から、真っ赤な血が垂れ落ちて、床を汚したんです。
 
H先輩は悟りました。S君は体調不良を必死に隠していたんです。H先輩が問い詰めると、S君は悲しそうに打ち明けました。
『H先輩と付き合い始めた頃から、急に立ちくらみがしたり、具合いが悪くなったりするようになったんです。はじめは気にしてなかったんですが、先週とうとう今日みたいに血を吐いてしまいました。病院に行ってみると、何が原因かはわからないけど、内蔵が弱っているって言われました。それで、…あと、三ヶ月の命だって宣告を受けたんです』
 
それを聞くと、H先輩は青くなって、泣き出しそうな顔で謝り始めました。彼にはわかったんです。飴玉のせいで、S君の命が危うくなったんだってことが。
H先輩は、S君にこれまでのことを洗いざらい打ち明けました。そして床に何度も頭を押し付けて謝りました。
S君は慌てて彼を宥めました。
『頭を上げてください、H先輩。僕が悪いんです。僕が勇気を出してH先輩に告白していれば、こんなことにはならなかったんだ』
S君も、H先輩のことが好きだったんです。 
 
H先輩は次の日曜に飴玉ばあさんに会いに行きました。別に怒ってたわけじゃないんですよ。H先輩はむしろ、薬に頼った自分を責めていましたから。彼は、S君を救う方法が知りたかったんです。藁にもすがりたい気持ちだったんでしょうね。
 
飴玉ばあさんだって、悪気があったわけじゃないんですよ。聞かれなかったから、言わなかっただけなんです。
 はじめから両想いのふたりが飴玉を食べたらどうなるのか。
 飴玉の原料は何なのか。
 
叶わない恋を叶える飴玉の原料は、普通のものではありえないのはわかりますよね。話に聞く昔の飴玉ばあさんは、人間の目玉を原料にしていたんでしたっけ。
でも、H先輩が出会った飴玉ばあさんの飴玉の原料は……人間の命なんです。しかも、誰かを強く愛している人間の命じゃないとダメなんだそうですよ。
作品名:日坂短編集 作家名:_ 消