日坂短編集
はじめから両想いのふたりが飴玉を食べても、恋は普通に実るだけで害はありません。でも、それは飴玉を一粒だけ食べた時の話です。二粒、三粒と続けて食べた場合は、愛情がより強い方の飴玉は、命を削る毒に変わります。飴玉ばあさんはその人間が死んだあと、その人の子宮に生成された飴玉、ひとりにつき百粒前後できるそうですけど、それを回収するんです。
男に子宮はないんじゃないかって?……できるんですよ。飴玉の魔法で。
H先輩はそれを聞くと、S君を救う方法はあるのか尋ねました。普通なら、そんなものはないと思いますよね。でも、飴玉ばあさんは、『ある』って言うんですよ。
それは、S君の命が尽きるまでの三ヶ月、お互いを裏切ることなく、飴玉無しで愛しつづけることだって。
たかが三ヶ月と思いますか?皆さんの周りの恋人達はどうでしょうか?一度も浮気心に惑わされずに付き合い続けている人はいますか?たとえ一年以上続いていても、一度くらいは、他に心が傾いたことがあるんじゃないでしょうか。
H先輩は、三ヶ月なんて言わず、一生添い遂げるなんて豪語してますけど、酷いんですよ。S君が浮気しないようにって、部屋に閉じ込めて監禁しちゃったんです。
ご飯を食べるのもテレビを見るのも顔や身体を洗うのも、全部H先輩の部屋じゃなきゃダメなんです。トイレにも行かせてもらえなくて、その場でさせられるんですよ。H先輩は嬉しそうに後処理してくれるんですけど、もう愛というより変態かもしれませんね。
ずっとそのままってわけにもいきませんから、説得して出してもらいました。学校に来るの、三日ぶりなんですよ。
え?これからどうするのかって?
もちろん、日野先輩のうちに帰ります。好きなんですよ?ずっと一緒にいたいって思うのは当たり前じゃないですか。
それでは皆さん、日野先輩が待っているので、僕はこれで。あんまりお待たせすると、泣いちゃいますから」
坂上君の長い話が、ようやく終わってくれた。
「……なんだよ、少しはまともな話かと思って黙って聞いてりゃ、ただの惚気じゃねぇか…!」
「まったく、僕としたことが、恐ろしく時間を無駄にしてしまったよ」
早速、新堂さんと風間さんが文句を言い始めた。
「そうですか?なかなか面白い話でしたよ。これからどうなるかが見物です、ひひひ…」
荒井さんをはじめ、あとの人達は面白がっているけど。
「それにしても坂上君、よく日野君を許したわね」
「そうだよねぇ、つまり、日野さんより坂上君の方が相手を愛してたわけでしょ?」
「私だったら、そんな男殺しているわ」
女性陣の話を聞いて思いついた。
「そうだ皆さん、賭けをしませんか?坂上君が助かるかどうか」
「面白そうじゃねぇか。俺は死ぬ方に賭けるぜ」
「じゃあ僕は日野が浮気して坂上君が死ぬ方に賭けよう」
「私は、坂上君が浮気して身を滅ぼすかと思ったら、日野君が死ぬ方に賭けるわ」
「それ、どういう理屈ですか?じゃあ私はぁ、坂上君が助かる方に賭けるね」
皆さんが私の提案にのってくれたのに、荒井さんと細田さんだけは参加してくれなかった。
「こういうことは、騒がず黙って静観するのが一番です。どんな意外な結果が待っているかわかりませんからね。しいていうなら、三ヶ月は乗り切れたとして、そのあとがまた面白そうですよ。永遠なんてありえません。いつかどちらかが冷めるでしょう。その時、まだ相手を愛している方は、飴玉に頼らずにいられるでしょうか?」
なるほど、荒井さんの言うことも一理ある。
細田さんはひとり渋い顔をした。
「皆さん、不謹慎じゃないですか?人の生死がかかっているのに、それを賭けの対象にするなんて僕は反対です。それに、面白がるのもどうかな?坂上君が生き延びるように、ふたりの愛が続くように、祈ろうって気持ちはないんですか!」
「ないわね」
「ありませんよ」
「何言ってんだ」
「君はバカかい?」
「だってホモじゃん。キャハハ」
「即答!?」
どうもこの細田さん、坂上君に一方的な友情を感じてるみたい。
本当に何を変なこと言ってるのかしら。
「ところで倉田さん、よかったわね」
「え?何がですか?」
「ああ、日野のホモ卒業に巻き込まれなくて済んだもんな」
「でもさあ、倉田さんって本当に日野さんのこと好きだったの?」
「……何の話ですか。イニシャルがKの女子なんて、新聞部には他にもたくさんいますよ」
「そうだったかしら」
「まあ、そういうことにしておいてあげようじゃないか」
…坂上君のせいで私まで生暖かい目で見られてるじゃない!いやぁ!
「ああ、そうだ皆さん、言い忘れてましたけど」
そこへ坂上君が戻って来て、やたら爽やかな笑顔で告げたのだった。
「飴玉が欲しかったら、いつでも日野さんにもらうといいですよ。まだまだ沢山余ってますからね。……誰の命だか知らないけど」