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日坂短編集

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暁の支配者


 奪われた武器が、断罪の傲慢に対する報いのように背中を襲った。
 薄く裂かれた表皮に血が滲み、シャツを染めていることだろう。それは紙で指を切った時や、煙草の火を押し付けられた時の痛みに似ている。
 
 坂上は俺が膝をついたと同時に凶器を手放し、糸が切れたように倒れ込んだ。
 立ち上がるのも億劫で、這うようにして近づくと、坂上は瞼を閉じて眠っていた。
 無防備だ。今のうちに手を下すべきかもしれない。きっと何度仕掛けても同じ事になる──だが。
 
 俺は首を巡らせて周囲を眺めた。制服を己の血で染めて床に転がる殺人クラブのメンバー達。いずれも深手を負ってはいるが、致命傷ではない。
 再び坂上に視線を落とし、その身体を抱き上げる。しばらくの間そのままの姿勢で見つめていると、穏やかだった寝息は徐々に乱れ、眉間に皴が寄った。
「坂上……?」
 名を呼べば、坂上の華奢な手が何かを求めるようにこちらに伸ばされる。思わずそれを握ると、安堵したように表情が緩んだ。
 その頬に伝い落ちる涙を拭ってやれば、うっすらと瞳があらわれる。
 
「……日野、先輩……?」
 透き通るような色に俺を映して、坂上は細い吐息を漏らした。
「夢、だったんだ……よかった……」
 途切れがちな言葉に、幸福な勘違いを知る。それをブチ壊し、現実に突き落とす事もできた筈だった。だが俺の唇は何故か緩み、真実を告げようとしない。
「嫌な夢でも見たのか……?」
 特別意識したわけでもないが、問い掛ける声音はことのほか柔らかく、我がことながら内心驚かずにはいられなかった。
「はい……すごく怖い、夢を」
「どんな夢か聞いても?」
 内容は知っていたが知らぬふりをして問えば、坂上は表情を曇らせた。
「僕が、皆さんを……日野先輩を、殺してしまう夢」
 
 思わず目をみはる。
「皆、ってのは、七不思議の語り部達の事か……?」
 声が震えないよう意識しながら尋ねると、坂上は悲しげに頷いた。
「……虫も殺さないようなお前に殺されるなんて、夢の中の俺達は、お前によほど酷い事をしたんだろう」
 髪に指を差し入れるように頭を撫でる。坂上は少し目を細くして、ふるふると首を振った。
 
「何をされたとしても……絶対、殺したりなんか、しちゃ駄目だった……っ」
 
 胸をつく衝撃。
 
(お前が恐れているのは)
 
「たとえ夢の中でも、人を殺すなんて……最低、ですよね。それも、日野先輩を……こんなにお世話になってるのに、どうして……」
「そんなことはない」
 
 何の警戒もなく俺に身を任せるだらりとした身体を更に引き寄せ、思うまま掻き抱く。
 こんな小さな身体が俺達から牙を抜いたのか。
 
「日野先輩?」
「お前は最低なんかじゃない。誰も殺してなんかいない」
「……」
 
 俺達の敗因はお前を手に掛けようとしたこと。そして罪があるとすれば、この命の価値を知らなかったことだ。
 
(俺は今お前に殺されたいよ)
 
 暁を迎えない夜は、ないのかもしれない。
作品名:日坂短編集 作家名:_ 消