二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

彗クロ 2

INDEX|18ページ/27ページ|

次のページ前のページ
 

2-11



 世界は黒と青の二色に塗り分けられていた。
 どこまでもどこまでも広がる一面の漆黒を、レグルは茫然と見渡した。遮るものもなく延々続く黒い大地。冷たく乾いた北風に時折表面を舐められると、砂埃よりずっと細かな粒子の闇煙を立ち昇らせる。雲ひとつない蒼天とのコントラストが、異様に鮮やか。
 まるで、悪趣味な夢の続きのようだった。
 唐突な不安に突き飛ばされて振り返る。予感した人影は当然そこにあるわけがなく、ただきょとんと目を丸くしたアゲイトがそれでも嫌味のない笑顔でひらひらと手を振ってくるのに存分に気分を害して、レグルはすげなく正面を向いた。……これが悪夢の続きではなく確かな現実であることを実感させてくれたのがあんな適当人間かと思うと、輪をかけて腹立たしい。
「なに、これ……」
 傍らで呟いたのはルークだった。唖然とした横顔はレグル以上の困惑に染め付けられているようだった。
 レグルは屈みこんで、地面に該当する黒い平面に手のひらを押し当ててみた。……なんとも言えない手触りだ。温かいとも冷たいとも感じない。チーグルのほわほわした毛皮とは似ても似つかない、なんとなく高級そうな、すべすべ、さらさらしたマットな質感。やわらかそうでいてしっかりとした手応え。歪みひとつなく、なんだか現実離れした存在感のくせして、蹴っても叩いてもびくともしない。
「第一音素だよ」
 レグルの様子を面白そうに見下ろしながら、アゲイトが言った。
 敏感に顔を上げたのはルークだった。
「第一……ってことは、闇……?」
「そう、見ての通り。闇の音素だけで凝固してできた大地なんだ」
「これ、全部……?」
 呆然と、ルークの眼差しは黒い地平へ戻される。無理もない。立ち上がるタイミングを逃したレグルも、しゃがんだまま視線を馳せた。
 でたらめなスケールだ。視界の限りに続く黒。彼方で緩やかな弧を描いて、あとはひたすらに空の蒼。目印も距離感もあったものではない。夢と違いがあるとするなら、遥か上空に転々と浮かんで見える大譜石くらいのものだ。
 世界(オールドラント)は音素でできている。あまねく物体は基本的に第一から第六の音素によって構成され、各々の音素の比率と結合の形態によって形や性質が変わってくる。たとえばその辺の土くれにしてみても、地属性の第二音素だけではなく、他の、火や水などの音素も微量ずつだが含まれているものだ。
 六種の音素、そのどれか一つでも欠けてしまうと、物体はたちまち不安定な物質に変化してしまう。まして単一音素による結合体の儚さときたら、先のライガの死体に実証されたとおり。そんなあやふやな場所に立っているのだと言われると、途端に足元がおぼつかなく感じられてしまう。
「大丈夫なのかよ……」
 レグルはのっぺり黒い、板のような地面の強度を念入りに確かめつつぼやいた。最後は立ち上がってぴょんぴょん跳ねてみたりもしたが、軽い感触のわりにはやはり頑丈なようだ。……夢で見たように、いきなり泥沼になったりは、しそうにない。
「大丈夫大丈夫、三年間なんにもなかったんだから。さ、いつまでも立ち止まってないで、先に進もうよ」
 アゲイトはお気楽に請け負って、レグルたちを追い越しさっさと先へ行ってしまう。
 確かにこの場で二の足を踏んでいても埒が明かない。レグルは、さっきから反応らしい反応を見せないルークの袖を引いた。案の定、ルークの眼差しは彼方を見渡したままぼんやりと凍り付いている。もう何度目か、またしてもフリーズだ。ここまでくればさしものレグルも慣れたもので、有無を言わさず左手でルークの右手をとると、しっかり繋いで引っ張るようにアゲイトの後に続いた。
 標のない平面を、アゲイトは迷いなく進んでいく。レグルは自分の夢から持ち出してきたかのような光景に薄ら寒さが募るばかりで、先導の男のあまりに確信的な足取りには、警戒心よりも密かな安堵感のほうが勝ってしまっていた。手を引かれるままについてくるルークは決して積極的な歩調ではなかったが、抵抗なく素直にレグルの後をついてくる。
「……ここってパダン平原なんだろ? エンゲーブの真南の」
「まあ、今でもそう呼ばれてはいるね。本当は、旧パダン平原跡、と言ったほうが正確なんだけど」
「跡?」
「知らないかい? 本来のパダン平原は、三年前、〈魔界(クリフォト)〉の海に崩落してしまったんだよ」
「あっ」
 ルークが唐突に声を上げた。ゆっくりと自失から回復していくように、得心の呟きを漏らす。
「そ……っか。そうだったん……だ……」
「平原東部は壊滅状態だったからね。さっき通ったデオ峠も、実は紛争後に拓かれた新道なんだ。気づいてた?」
「なんか変……だとは……」
「つーかその崩落ってのがよくわからねぇし」
「えぇ?」
 素っ頓狂な声を出しながらアゲイトは首をひねってレグルを振り返った。レグルが噛み付くように睨み返してやると、ふと思い当たったように、そりゃ知るわけないかとぼやいた。
「えーと。レグルくんは三年前の騒動についてどの程度ご存知なのかな?」
「んだそのしゃべり方ムカツク……。ヴァンデスデルカとかいうヒゲのおっさんがレプリカ大量にばら撒きやがって世界中大混乱になったからルー……なんとかっていうすんげぇ大英雄がそいつぶっとばしてこのクソな世界は救われマシタっつーメデタクナイ話だろ」
 投げやりと見せかけて周到に言葉を選んで言い回しているうちに、レグルはだんだん、本気で胸がムカムカしてきた。
 世界を救った何某の名前こそ、ルーク・フォン・ファブレ。あの、思い出すのも忌々しい長髪被験者ではなく、今レグルと手を繋いでいるルーク、その人の名だ。
 三年前のゴタゴタで、ルークは死んだ――正確には、肉体を失った。残された精神は、どういう仕組みかレグルの頭の中に居座り、三年間沈黙し続けていた。
 被験者は、このルークの不在を利用した。名前を奪い、居場所を奪い、ルークの存在をまるごと乗っ取ったのだ。本来ルークが手に入れるはずだった栄誉も賞賛も、今は被験者一人のもの。挙句、あの眼鏡……名前はなんと言ったかすでに忘却の彼方だが……とにかくマルクト軍服の連中も、『本物』と『偽者』がすり替わっている事実を把握していながら状況を容認している節さえあった。理不尽にもほどがある。……第一、あの被験者はかつて、ルークが肉体を失うより前に一度死んでいるはずなのだ。それがなんだってああもふてぶてしく健在なのやら――
(……ん? 死んだ……んだっけ?)
 すらすらと紡ぎ出された思考にふと引っかかりを感じて、レグルは内心首をひねった。
 コーラル城で、レグルは一度、「記憶」に触れた。そこには三年前に起きた事柄が細大漏らさず連ねられており、それは確かに、間違いなく、レグルの脳髄を通過していった……はず、だった。……通過はあくまで通過である。目にしたあらゆる情報を保管しておいてくれるほど、レグルの脳みそは上等にはできておらず……すなわち、接触したその瞬間には一字一句の齟齬もなく理解できていた記憶のつらなりは、今や完全に散逸してしまっていた。
作品名:彗クロ 2 作家名:朝脱走犯