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彗クロ 2

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2-12(8/2更新)



 忽然と現れた大穴は広大だった。大地の異様な黒さに紛れて輪郭を認識しづらく、知らず足を滑らせかねないほどだが、目を凝らせば円形の全体を見渡すことができた。広漠とした平面に、なんの脈絡もなくくり貫かれたうつろ。
 ――途方に暮れる。なんともそら寒い存在感だ。
 落とし穴にしては甚だしく大袈裟すぎ、干上がった湖にしても深すぎる。結構な傾斜を描く内壁は、半ばで唐突に黒々と没している。湖水の代わりにたゆたう闇は、気体と液体の中間のような、物質的な質感を感じさせる。底はまるで見えない。どれほど深いのか……そもそも底などあるのか。それすら怪しく思える。
「……これが街?」
 レグルはめいっぱい胡乱に穴の底を指差した。人間が暮らしていた形跡どころか、存在そのものが跡形もない。いくらでも与太話をでっち上げられそうなものだ。
 信憑性のなさを自覚してか、アゲイトは笑顔のまま眉尻を下げた。
「跡地と言っても、実際は街の崩落にパダン平原もまるごと巻き込まれたから、当時のものは土屑ひとつ残ってはいないんだけどね。――三年前、大地の崩落を食い止めるため、英雄たちは瘴気の発生を食い止め、苦心して地殻を本来の大地に下ろした。その時はここは海だったんだ。それが、プラネットストームが止められたのと同時期に、海底から大量の第一音素が染み出し始めて――ああ、プラネットストームっていうのは、創世暦時代から惑星の内外を巡っていたエネルギー資源のことなんだけどね?」
「ばっ――し、知ってるっつーの!」
 大嘘である。というか、言葉は知っているが、理解はさっぱりである。いかにもあからさまなどもりっぷりに、アゲイトのしたり笑顔が軽薄さを増したが、皮肉は返ってこなかった。
「うんうん、ご存知の通りにプラネットストームは音素の奔流だ。これが停止した影響で、今まで沈黙していた音素が局地的に噴き出し始めたんだろうと言われている。ヴァンデスデルカの騒乱が鎮圧された直後から、噴出は目に見えて活発化してね、黒く染まった海が徐々に固化してせり上がっていった。失われていた陸地の形を復元するまで、たったの三ヶ月。もちろん、元の地形はこんなにフラットだったわけじゃないけど、空から見下ろせばミリ単位の誤差もなく騒乱以前の地図どおりの輪郭になっているそうだよ」
 まるで、失われた陸地の空白を埋め立てる神経質なかさぶたのように、とアゲイトは直喩する。これほどの異常を、あくまで自然現象だというのだ。
「もちろん当初は人為的な細工が疑われ、各国は飛行機関まで持ち出して慎重に対応した。初めて上空からこの場所を見下ろした人は、それは仰天したらしいね。崩落した街があった場所に、崩落する前の街とそっくり同じ大きさの穴が開いていたんだから」
 アゲイトを先導に、三人は大穴の外周を歩き始めた。大穴はどこから見ても均一に真っ黒で、緩やかなそのフォルムには、目に見える歪みはわずかも見当たらなかった。人工物にしても、確かに精巧すぎる気はした。遮るものないきつめの風がすり鉢の内側を反響して、おおう、おおう、とまるで化け物のいびきのような音を立てている。
「アクゼリュスってのは鉱山都市だったんだろ。ここに山があったってことか?」
「鉱山といっても、盛り土型のいわゆる山!っていうのじゃなくて、平野の地下に埋まっていた古い鉱脈を下へ下へ掘り進めていたんだ。まあそのおかげで、地殻の底面から侵食を始めていた瘴気を、いち早く掘り当ててしまったわけだけど」
「んだ、自業自得じゃねーか」
「こらこら。セフィロトの耐用年数が限界にきていたのも、真実が歴史に紛れて伝わってこなかったのも、街の人たちのせいじゃないんだから。完全に創世暦時代のとばっちり、彼らは真っ当な被害者だよ」
「……なんか、変くね?」
 ルークの足音がしっかり後についてきていることに気を配りながら、レグルは首を傾けた。単純な矛盾を感じたのだ。
「ユリア・ジュエが未来を見通す予言者だってんなら、ここの崩落だって予知できてたはずだろ。のわりにはアフターケアがテキトーすぎじゃね? 未来の情報さえあればもっとこう……とにかくいろいろ上手くできたんじゃね?」
「ああ……そこつっこんじゃうか。その辺はまあ、学者の間でも意見が分かれるところらしいね。ユリアは確かにアクゼリュス崩落を詠んでいるけど、その未来を回避する意志があったかどうかは定かじゃない」
「ケッ、二千年後の人類の行く末なんざ知ったこっちゃねーってか」
「うーん、少しニュアンスが違うかなぁ。未来の人々を慮っていたかどうかはともかく、要は、預言を粛々と享受するか反逆するかのどちらを選択していたか、という話だよ」
「なんだそりゃ。いい未来ならほっといて、悪い未来だけ変えるように利用すればいいじゃん」
「悪い未来を越えた先に最高の幸運が待っていたとしたら? 誰かが未来を変えようとしたことで、別の本来誰かに約束されていたはずの幸福が歪められてしまうとしたら? ――何より、預言によって確定付けられている未来を変えることが、そもそも不可能だとしたら?」
「ハァ? ちょ、わけわかんね――」
「『お前如き歪みなど、ユリアの預言はものともせぬよ』」
 アゲイトの肩口で再び指が立てられた。誰かの言葉の引用だろうか、わざとらしく声色を変えている。なんとなく気味の悪いセリフだ。
「『枝葉が変わろうと樹の本質は変わらぬ』これは、かのヴァンデスデルカの言葉。『おまえの裏切りは最初から預言に詠まれていた。だから私はおまえを引き留めまい』これはユリア自身が、自分を裏切った弟子に対して言い放ったとされている有名な科白。ユリアの詠んだ惑星預言は、オールドラントにとって運命と同義だった。何人(なんぴと)も――当のユリアでさえも、運命を覆すことは叶わなかった。だからこそ預言は絶対的な教義となり得たし、ユリア・ジュエは始祖の名を冠して、宗教史の頂点に二千年間君臨し続けたんだ。三年前の騒動は、人々の心の中にいるユリアを玉座から引きずりおろして預言の信頼を失墜させようっていう、いわばヴァンデスデルカ渾身のネガティブキャンペーンだったわけ」
「えー……あー……そもそもなんの話だったっつー……っていうか、ヒゲ、世界征服したかったんじゃねぇの?」
「それは彼にとっては手段のひとつだよ。預言に人生を振り回された彼は、ユリアとローレライ、そして預言に忠実な全人類に復讐しつつ世界の構造を変えようとしたんだ。とはいえ、ヴァンデスデルカが暗躍したことで、結果的に人々は預言依存から脱却しようという方向に進んではいるけど、彼自身の本当の目的だったユリアの預言そのものからの脱却は、果たされたのかどうかは今もって不明」
「不明……って、預言はもう詠めなくなったんだろ」
「確かに、かなり難しくなったとは言うね。プラネットストームの噴出し口は完全に封鎖されているから新しく第七音素が生成されることはないし、音譜帯のローレライが引き起こしている密度優越型超広範囲コンタミネーションがオールドラント中の第七音素という第七音素を根こそぎ上空にかき集めているから――」
「え、は、ミツ? こ、コンタ?????」
作品名:彗クロ 2 作家名:朝脱走犯