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彗クロ 2

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「――ようするに、地上の第七音素は減る一方だってことだよ。現在の空気中音素濃度では、並の預言士の実力では人一人の一生を詠むこともできないだろう。それよりももっと根本的に、プラネットストームが休止したということは、音素の流動と摩擦から誕生したローレライが惑星の未来の情報を有しているというシステム自体、破綻している可能性はかなり高いしね。ただ、預言を詠めなくなったからといって、ユリアがかつて詠んだ預言が本当に失効しているのかどうかは、結局確かめる術がない、というのが現実なんだよ」
「〜〜〜〜〜オマエの話わっかんねぇっ。今がユリアの預言どおりになってるかどうかなんて、現実と見比べれば一発じゃねぇ!?」
「だからね、それが本当に現実になってるかどうか判断がつきにくい、やろうと思えばいくらでも拡大解釈の効きそうな内容だから困ってるの。第七譜石のあたりになってくると年号もまともに振られてないもんだから、『今は起きていないことでも将来起きるかもしれない』なんて疑心を呼んで、預言脱却を指標にしている三国首脳はもれなく胃を痛めてらっしゃるよ」
「いやそれ言ったらなんだってそうなんじゃね……? つーか、『未来』は『覆された』はずじゃ……」
「……ずいぶん詳しいんですね」
 呆れと、幾ばくかの刺を含んだルークの声が、レグルの思索をすっぱり縦断して前方の男を的確に射抜いた。
 アゲイトの肩はほんの寸暇こわばったように見えたが、すぐさまおどけた仕種ですくめられた。
「全国各地を歩き回っているといろんな話が聞けるからね。情報は商人の武器だよ」
「そのわりには、薬草の季節を間違えたりしましたよね……本業なのに」
「いやだなあルークくん、その辺は深くツッこまないのがお約束でしょう」
「ずいぶん口の滑りがいいみたいなんで、うっかり舌でも噛むんじゃないかと」
「舌先のなめらかさと口の堅さは両立できますよ。信用してほしいなあ」
「――っだあーもう、おれを挟んでワケわかんねえ話すんなっつーのッ!!」
 自分を素通りされる疎外感を癇癪に転化して爆発させた瞬間、地団太を踏むはずだったレグルの右足は思わぬ感触を踏みつけた。虚を衝かれて視線を落とし、レグルは奇声を上げて飛びのいた。
 黒い……見たこともない、真っ黒な草だ。
 地面から生えているのではなく、数本を束ねて横たえられている。大穴の中心へ向けられた先端には、いくつかの花が揺れていた。
 五枚一組の花弁で形成されたその花は、形ばかりは美しかった。……薄気味悪い灰色のグラデーションで着色されていなければ、もっと綺麗だったに違いない。
「――キモッ!! なんだこの花……」
「ああ、セレニアだね」
「セレニア……って、夜に咲くあれか!?」
 レグルは目をまん丸に見開いて、黒い花を凝視した。
 セレニアは音素溜まり(フォンスロット)に繁殖する多年草だ。日の落ちる頃合から蕾をほころばせ、白く美しい五枚の花弁を広げる。月明かりを吸い取ったかのように淡く輝きながら群生する神秘的な風景は、レグルの一番古い記憶の中に、今も鮮やかに焼き付いている。黒い地面にみじめっぽく打ち捨てられているそれとは、到底似ても似つかない。
「セレニアは音素の影響を受けやすい花だからね。普通は月光に含まれる第六音素を吸収して白い花を咲かすんだけど、ここでは第一音素の支配が強すぎて変色してしまったんだろうね。――ほら、花びらが地面にくっついちゃってる」
 アゲイトは屈み込んで花束を軽く持ち上げてみせた。見れば確かに、地面に接している花弁はぺったりと黒い平面に貼り付いている。
「音素の侵食の度合いから見て、ここ半年以内に置かれたものだろうね。多分、命日行脚の献花だ」
「命日って?」
「もちろん、アクゼリュス崩落の犠牲になった人たちの命日だよ」
 アゲイトは慎重に花弁を引き剥がしながら言った。接着面はつるつると気持ちよく剥がれていく。
「崩落に巻き込まれた人たちには、まず、死体がない。ほとんどは泥の海に沈んで溶けてしまったとされている。集合墓地なら国が立派なものを用意したけど、墓石の下に故人は眠っていないから、犠牲者の遺族は毎年の命日に、こぞってこの場所に花を供えにくるんだ。ここが一番、死んだ人の魂に近い場所だと思ってるんだろうね」
「……よくまあ、こんな得体の知れない場所にな。『まだ起きてないことはこれから起こるかもしれない』んだろ? 何かある前に立ち入り禁止にしたほうがよくね?」
「確かにね。でも、家族を失った人たちの気持ちを押さえ込んでまで禁止するほどの根拠がないのも事実なんだ」
 どんなにか規制を敷いたところで、規模が規模だ、探せば抜け道などいくらでもあるだろう。頑なな遺族が個人で無理を押して禁止区域に侵入した挙句、危機的状況に追い込まれる、ということも十分考えられた。
 自己責任を盾にみすみす『後追い』を看過すべきではない――皇帝の鶴の一声により、マルクトは急遽キムラスカと連携し、大人数が一度に通行できる安全な山道を拓いた。そして因縁深い「デオ峠」の名を名付け、被災地を詣でる際は皆で一斉にこの道を通るよう推奨した。命日の前後数日間は、軍が人員を割いて護衛を務める。このため、当日のデオ峠は大変な行列が行脚するそうだ。
 今は存在しない旧デオ峠は、かつてアクゼリュスが瘴気の被害に苦しめられた折、各国の合同使節が慰問のために通過したとされる山道。己が身の危険を顧みず瘴気に満ちた街をおとない、崩落の瞬間に居合わせながらも奇跡的に生き延びた親善大使は、その後紆余曲折を経て世界を救い、英雄となった。
 そんな『伝説』に験を担いだか、遺族たちはあたかも敬虔な殉教者のように列を成し、失われた死地を目指す。死者の魂を癒すためか、生者の心を慰めるためか、険しくはないが楽でもない『行』に参加を希望する者は後を絶たず、すでに例年行事として定着しつつあるのだという。
「ご覧の通り不安定な大地だから、杭は打ち込めないし、重りつきのポールを置いても風で倒れるし、境界線を着色しても三日と経たずに真っ黒だし、そもそも滅多な異物を放置しておいて後で何が起こるかわからない。柵どころか献花台のひとつも設置できないから、自然と供え物の種類も限られるんだ」
 花弁を一枚も損なわず見事剥がしきったアゲイトは、黒い花束を膝の上に置いて、背負子を手元に下ろした。
 簡素な背負子に皮のベルトで固定されている縦長の木箱は、成人男性の背中をすっかり覆い隠すほどの大きさで、背面の木板を上に引き上げることで開く仕組みになっていた。中身はいくつかの棚で仕切られており、中段から下段は大小様々な引き出しでぎっしり埋められている。対して、上段の棚は多種多様な物品が裸のまま無秩序に置かれていて、どうやら当座の物置として使っているようだった。
 その最上段をみっしり占拠していた植物が奥から引っ張り出されると、さりげなくも瑞々しい芳香がふんわりと鼻腔をくすぐった。花弁は五枚、小さすぎず、大きすぎず、素朴にして可憐に咲き誇る純白の花。幾本も束にされ綺麗にラッピングされているから、おそらく店先で購入したものなのだろう。
「……用意がいいのな」
作品名:彗クロ 2 作家名:朝脱走犯