彗クロ 2
「郷に入っては郷に従うのも、験を担ぐのも、商人の甲斐性だからね。こうやってしっかり束ねたものを……、と」
アゲイトはせっかくの包装を解くと、中身を半分に分けた。そして片方をまた藁紐でくくって束にしなおした。
完成品を大穴に向けて供えると、今度は黒く変色したほうの花束を、いきなり穴の中に放り投げた。あっと思う間もなく黒い花束は視界から消えてしまった。
「こうやって、古い花を投げ入れて、替わりに新しい花を置くのが習慣らしいね」
「投げ込んでいいんかよ……てか、どうせ放り入れるんなら、わざわざ供えたりしないで最初っからそうしときゃいいんじゃね?」
「うーん、それはどうだろう。祈りや弔いという行為は、何も死んだ人のためだけに行われるものではないんだよ。みんな、確かに供養をした、という形を残しておきたいんだろうし。大事なのは、死者と生者が共有できる形に視覚化することなんじゃないかなあ。……ほら、レグルくんもやっておいで」
残った分も丁寧に紐で束ねて、アゲイトはしゃがみこんだままレグルに差し出した。
注意深く見渡せば、黒い花束は穴の淵のあちこちに置いてあるのだ。あのどれかを同じように投げ入れろということだろう。レグルはあからさまに嫌な顔をして断固拒否した。
「絶っっっ対、ヤだ!! んな怨念たっぷり染み込んでそーなの誰が触るかッ」
「……君、案外幽霊とか信じるタイプだね?」
「ち、っげーよビビってなんかねーよババババカじゃねぇのハァ!?」
「そこまで言ってないって。じゃあ、ルークくんはどうだい?」
アゲイトは柔らかく苦笑しつつ、今度はルークに花束を差し向けた。
胸元に突きつけられた真っ白な花々を、ルークの目線がのっそりと追いかける。また半分意識が飛んでいた様子だが、動作はのろくとも躊躇はなかった。紐でくくられた茎の部分をしっかり受け取り、あらかじめプログラミングされていたような挙動で大穴の縁に歩み寄ると、中央に向けて突き放すように伸ばした手を、やにわにパッと離してしまった。白い花束は垂直に落下し、内壁に接触することなく滞留する闇の中に消えていった。
アゲイトは眉を八の字にしてルークを見上げた。
「……僕の話、聞いてた?」
ルークは花束を手放した形に両手を突き出したまま、じっ……、と底の暗がりを見つめて動かない。唇だけが淡く空気を食んで、無感動につぶやいた。
「俺は、他の人の花には、さわれない」
レグルは深く考えずに、ぱっと顔を輝かせた。ルークと「同じ」だと思うと、それだけで頼もしく、誇らしくさえ感じるのだ。
「だよなだよな! おれたちにはカンケーねぇもん!」
「うん……レグルには、関係ない……よ」
「おう! 生まれる前に死んだオリジナルなんか、弔ってやるギリなんかねーしっ」
「その言い方はちょっと、問題あるんじゃないのかな?」
アゲイトは立ち上がって、ほとほと困ったというようにレグルを見下ろした。
文字通りの上から目線に、レグルの瞳がすっと冷める。
「は? なにが? まさかフキンシンだとか言うんじゃねえだろな」
「あまり褒められた態度ではないね。亡くなった方や、その遺族のご不幸を思えば」
「じゃあ訊くけど、そのイゾクとかゆう連中は、チーグルが死んだら悼んでくれるのか?」
「え?」
「ここで死んだオリジナルの中で、一人でもチーグルが死んだ場所に花を供えたヤツがいんのかよ?」
ひと噛みひと噛み毒々しい刺を仕込みつつも、レグルはひどく冷静に、人の好いオリジナルを見上げた。
唐突な話題に思えたのだろうが、それにしては男の顔に浮かぶのは、困惑というより怪訝の色が濃い。こちらの意図を探るような視線が、余裕めいていて癇に障る。
「お前らにとってはレプリカもチーグルも同じだろ? チーグルは人間と離れたところに棲んでて、人間に見えないとこで死ぬ。レプリカはオリジナルの目の前で死んでも死体は残らないから、埋葬の必要もないし墓も立たない。どっちにしても弔う義理もなければ弔われるイワレもねえ。なのにお前らは、チーグルには言わないことを、レプリカには要求すんのかよ?」
「……君たちは、チーグルとは違うだろう?」
「人間の形をしてるからか? それともオリジナルが『製造』したものだから? 自分たちの思想や文化を押し付けて、言いつけをよく聞く人形が欲しいのか?」
「あのねレグルくん……」
「わーってるよ、てめえらが三年かけても意見ひとつまとめられない無能な生き物だってこたぁ」
なんといっても、昨日レプリカを擁護していたオリジナルが、次の日にはあっさり敵に回っているご時世だ。胸のうちで悪態を付け足す。
多くの者は本音と建前を場当たり的に使い分けるばかりで、自分自身の明日さえ持て余している。そんな有様で、他の種族の処遇について統一した結論なぞ到底望めたものではない。
実のところ、オリジナルの全員が全員、レプリカに悪感情を抱いているわけではないことくらいは、レグルも理解はしている。紛争時からの事実誤認や集団ヒステリーも、年月とともに解消され、感情的な差別意識や過剰なアレルギー反応はかなり軟化してきている。なおもレプリカを蛇蝎の如く嫌う者、積極的に利用しようと目論む者、好奇心で擦り寄ってくる者、見当違いの同情を寄せてくる者、一切興味を持たない者……反応は人によってまちまちだ。
本音なり建前なり、レプリカに好意的に接しようとする手合いは概ねこう言う。「他のオリジナルが言っているのはひどいことだ、自分はそうは思わない」。もっとも、この謳い文句でもって自身の人格を売り込んでくる輩が真に信用足りうるかといえば、限りなく否であることも、レグルは経験的に知っている。
まあつまるところ、色眼鏡を抜きにして実は比較的真っ当な人格が予想されるこの薬売りが、今現在レプリカの存在をどう捉えていようとも、オリジナルの大半はまだまだ偏見と差別と利己を手放さず、アゲイト自身もまた都合が変われば明日にでも、旗の裏表のように立場を翻すに違いないということだ。レプリカがオリジナルを見上げる視線は、自然と冷める。
「なら逆に、てめーはどうなんだよ。何万人死んだか知らねえけど、気の毒がってここには供え物置いて、じゃあ他の墓にもちゃんと同じことしてんのか? 通りがかった全部の町の墓場に、わざわざ拝みに立ち寄ってんのかよ?」
「いや、それは……」
「こいつらは確かに、望んでもいない死に方を押し付けられた被害者なんだろうさ。でも考えてもみろ、世の中に望みどおりの死に方ができたヤツが何人いると思う? 病気で苦しみながら死んだとか、魔物に食われて死体も残らなかったなんて話は、ごまんと転がってる。そういう連中は、ここで崩落した人間ほど気の毒じゃないってのか? つーか気の毒じゃなかったら墓参りなんかしてくれないってのか? だったら、おれの答えはひとつだ」
尊大に腕を組み、ふんっ、と荒く鼻息。大人という名の偽善者を挑戦的に見上げる。
墓参りという風習を否定するつもりは、レグルもない。だが、押し付けられるのはごめんだ。死体あるものの贅沢な気休めに、死体を残せぬレプリカが付き合ってやる義理はない。