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彗クロ 2

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 籠手を嵌める。ベルトをきつめに締めなおす。道具袋を背負う。剣は腰の後ろに括りつけ――ちょっと考えてから右腰に納めなおす。鯉口を切り、軽く鞘走らせて具合を見る。半分程度まで滑り出た銀の刀身が、日の光をまばゆく反射する。
 物慣れた動作のひとつひとつが、芝居役者の立ち居振る舞いのようにひどく様になっている。少し離れた大岩に腰掛けたレグルは、自分そっくりな姿から生み出される無駄のない一挙手一投足に惚れ惚れと見入ってしまった。直前まで魂を彼岸に飛ばしていた人物とは、とても同じ人間とは思えない。
 正午を前にして辻馬車が到着したのは、鄙びた山道の袂だった。デオ峠というらしい。かつてはフーブラス川南東、パダン平原東部に存在していた採鉱都市に繋がっていた登山道だという。
 当然カイツールの検問を適当にだまくらかしてマルクトに帰るものだと思っていたから、見覚えのない尾根で馬車を降ろされた時にはレグルは面食らった。どうやらレグルが眠っていた間に、ルークが馭者に話をつけておいたらしい。検問をスルーできる絶好の裏道なのだそうだ。
 一通りの「商談」ののち、しばし忘我状態で、レグルが話しかけても生返事ばかりだったルークは、いざ目的地に到着したとなれば非常に敏速に行動した。あっという間に荷を取りまとめ、装備を整え、ついでに馭者の水汲みまで手伝って、そつなく感謝を述べながら辻馬車を見送った。
 オンとオフが極端すぎて、レグルなんかはついていくのがやっとだ。普段八割はメティみたいにボケッとしているくせ、ひょんなタイミングでスイッチが入ると、次の瞬間にはチーグルの長老みたいにあれこれレグルを諭しては主導権を奪っていく。
 正直なところ、期待はずれ……いや肩透かし……いやいや想像と違っていた感は否めない。だがよくよく考えてみればルークは三年間ずっとレグルの頭に棲みついてかっちり外部との接触を絶っていたわけだから、多少言動がふらふらするのも仕方ないのかもしれない――とレグルはまず美化と期待に肥大化しすぎた人物像を地道に下方修正するところから取り組んだ。悲しいかな、レプリカとして生まれついたからには嫌でも鍛えられる分野ではある。
 草原の向こうに辻馬車が小さくなっていくのを確かめて、ルークは踵を返してレグルを見返った。今はオンモードのようだ。
「レグル、準備でき……た?」
「おうっ、バッチリ!」
 レグルは所在なげに揺らしていた足を揃えてことさら元気に岩の上から飛び降り、無意味に胸を張って見せた。背には食料、左腰には木刀。最大の見せ所である右足は、山道の入り口に立てかけられた道標に高々と乗り上げる形でとりわけ誇張させる。ブーツの上から足首に嵌め込んだ金環が、日差しを鈍く表面に走らせた。
 ルークはレグルの右足を見下ろしたまま、唖然と呟いた。
「よりにもよって、足……?」
「だって手首じゃサイズ合わねーもん。首にかけたらなくすし、おれ」
「……レグルって、案外自分のことわかってる……よね」
「メティみてーなこと言うなよなー。とっとと進もうぜ。とりあえずキムラスカを出ねーと話にならねんだから」
「……あ、ちょっと待った」
 呼び止められて振り返ると、出し抜けに差し出されたのは一振りの剣だった。虚をつかれ、レグルは二度三度と瞬きを繰り返したが、細身の一刀は目の前から消えてなくなったりはしなかった。
 ――本物だ。受け取る手が、わずかに震えた。
「これ……」
 黒い鞘、黒い鍔、黒い柄。大人用の長剣に比べれば薄く、丈も短めだが、見た目以上にずっしりと重い。
 カタナ、と呼ばれる武具だ。それもルークが腰に差されているものとまったく同種の。そう気づいてレグルが目を上げると、ルークは感情のない真顔で頷いた。
「二刀一流。正確には刀ってより脇差っていうやつらしい。俺のは左手用で、そっちは右手。シェリダンの老舗工房の職人が趣味に走りまくった名品らしいけど、二刀流なんて奇特な流派、今じゃほとんど廃れてるから売れ残ってたんだ……って」
 あの高価な宝石が食料や馬車代以外の何に費やされたのか、レグルもようやく悟った。以前ほどではないとは言われるが、野生の魔物が跋扈する昨今、確かに武器は必要だ。ルークは最初から丸腰だったし、レグルの木刀はコーラル城でなくしてしまっていた。
「……こいつを買うために?」
「うん。既製品だと今の俺たちの身体には長すぎるし、重すぎるから。レグルはいつも木刀を使ってたから剣より刀のほうがいい……だろ?」
「ああ……うん、まあ……」
 生返事を返しながら、レグルは黒々とした柄に手をかけた。持ち手を取り巻くように編み込まれた組紐の感触が、しっくりと手に馴染む。
 我知らず喉が鳴った。意を決し、鞘と柄をそれぞれに握る両手に力をこめた。対極同士ひっついた磁石を引き剥がすような手応えを抜けると、すらり、まさしくそんな音を立てて刀身が素直に鞘から素肌を晒した。白々と日を弾いたルークの脇差とは対照的な、黒光りする鋼の肢体。町の武器屋でよく見かける魔物駆除用の無骨な剣とはまるで違う――純粋に、人を斬るための刃だ。
「――っ」
 気を呑まれかけ、レグルはとっさに刀身を鞘に押し込めた。硬い感触が骨に響く痛みを伝え、指先に痺れを残した。
 鍔鳴りめいた音がして、レグルははっと顔を上げた。静かな、物思わしげでありながらひどく抑制された緑の双眸がそこにあった。
「……いきなり実剣は大変だろうけど、今から慣れておいたほうがいい。この先はきっと、プチプリやチュンチュン程度じゃ済まないだろうから」
「わ、わぁってるよ、んなのっ」
 レグルが強がって突っ返すと、ルークは頷き、じゃあ行こう、とあっさり踵を返してしまう。レグルは遅れじと脇差を腰に差し、山道を先行していく小悪魔プリントの背中を大急ぎで追った。
 念願の真剣を手に入れた興奮はいつまでたっても胸を駆け上がってこず、ただ新たなちからを携えた左半身をひどく重く感じた。

作品名:彗クロ 2 作家名:朝脱走犯