あなたへ
はじまりはいつもと同じ。
遊戯はぼふ、とベッドに寝転がって、机の上に置いてあったパズルに手を伸ばしてそっと枕元においた。
チャラ、と手に絡まる冷たい鎖の感触。
冷たいのは、今だけ。
そのうち自分の体温が染み込むように、同じ温度になる。
何だかくすぐったいような、あったかい気持ちになって、パズルを引き寄せて小さく笑って目を閉じた。
次の瞬間には、いつものように堅い石畳の上に降り立っている。
目の前には先の見えない廊下を挟んで向かい合う、2つの扉。
遊戯は開いたままの自分の心の部屋には目もくれず、もう一つの扉を叩いた。
「起きてる? もう一人のボク」
「…ああ」
扉越しの呼びかけに短く答えが返ってくる。
「入って良いー?」
「こっちで良いのか?」
重々しい音を立てて扉が開く。
扉の向こうで、造作のよく似たカオが笑った。
「こんばんは、もう一人のボク」
「ようこそ、相棒」
おどけて挨拶なんかしてみたら、どこで憶えてきたのやら、胸に手をあて優雅な一礼でお出迎え、だ。
でも
「・・・パジャマじゃイマイチ決まらないねェ」
それは心外な。というか。
「お互い様だろ?」
しみじみといわれて自分の姿をもう一度見下ろす。・・・確かに。
基本的に同じ服を着る訳だから、今日のもう一人の遊戯もお揃いのアイボリーのパジャマ姿だ。
心の部屋は自分の意思を反映する場所だから、やろうと思えば普段の格好でいられるらしいのだが(この間のもーもーパジャマの時には流石に着てくれなかった。やっぱり気合いなんだと思う)今日はOKらしい。
あとはいつもなし崩しだ。
いつも通りはじまったゲーム談義から学校の噂から、2人の会話はとりとめがない。
あーでもないこーでもないと一通り2人で検証し終わったデッキを手に、相棒は何気なく言った。
「・・・そういえばね。この間言ってたじゃない、誕生日の事」
誕生日。
今週末は遊戯の誕生日がやってくる。
丁度週末に掛かったので、今年は本人たっての希望により、皆で一緒に遊園地に遊びに行く事になっている。
形に残るプレゼントも嬉しいけど、皆と一緒の思い出が欲しい。
そう言った遊戯に、誰も反対はしなかった。
そして、同時に半身との間のもう一つの約束も。
「誕生日までに、何かして欲しいことを考えておく、ってあれだな」
「うん」
今年の誕生日は別に何もいらない。ただ、お互い何か相手にして欲しい事を一つ、考えておく事。
何か欲しい物があるか、と何気なく聞いた時の、遊戯の答えがこれだった。
…そんなことをしなくても、何か自分に出来る事があるなら、して欲しい事があるなら、いつでも、何でも叶えるのに。
それが顔に出ていたのか、遊戯は擽ったそうに笑って言った。
だってキミの誕生日でもあるんだよ、と。
――――記憶のないもう一人の遊戯には、誕生日というものがない。
だったら、同じ日にお祝いしてもいいかな? そう言い出したのはほんの少し前のこと。
互いへのお願いプレゼントは、何か物を欲しがる事はない自分への相棒なりの気遣いだと思うと、少し・・・何だろう。何とも言えない気持ちになる。
喩えるなら申し訳なさにも似た、何か。
言えばまた怒られるから、(同時に寂しそうな顔をするから)口にする事はないが。
「もう一人のボクは何か決めた?」
「・・・いや、まだだ」
正直に答えると、少し表情が曇る。それは本人も無意識なくらいの本当に僅かな変化だけど、判る。
「どれにしようか、迷っているんだ。土曜日までにはちゃんと決める」
だから、そんな顔をしなくていい。
すい、と宥めるように指先で頬を辿ると、途端何故か遊戯は真っ赤になって慌てたように身を引いた。
もう一人の遊戯の指先が触れた頬を隠すようにしながら、何処で覚えてくるのこんなこと、とか何とかよく判らない事を呟いている。
自分のやった仕草に何の感慨もないもう一人の遊戯は、半身の反応に僅かに首を傾げた。
・・・何かお気に召さなかっただろうか。
遊戯は遊戯で赤くなってるだろう頬を隠しながら、ちょっとだけ自分の反応も恥ずかしくなって俯いた。
でも別に過剰反応ではないと思う。
誰だってそんな風に予告なく、壊れ物に触れるように、大事そうに触れられなんかしたらきっとびっくりする。
・・・ていうか、多分、今のは普通女の子にしたりすることなんじゃないのかな。
そっと上目遣いに様子を窺うと、もう一人の遊戯は自分のリアクションを黙って待ってるようだった。
・・・わー・・・、判ってない顔だ。
客観的に見て、自分の言動がどうだっていうのを全然気にしない、彼らしい。
全部が本気。全部、素。
・・・何か、そーゆーとこ、誰かと似てる。
いや、と言っても寧ろあっちは何故か圧倒されるような事(と言えば聞こえは良い気がするが)、ようは唖然とすることしかしてこないんだけど。しかも標的は常にもう一人の遊戯の方だし。
・・・良かった、もう一人のボクの方が普通で。
・・・第三者的に見て、あの誰かさんのやることなすことを素で受け入れられる辺りからして、すでに普通の域からは遠い。――――という事実には気付かないまま、遊戯は気を取り直して顔を上げた。
「あのね・・・」
そんないつもと比べて特別な事じゃないんだけど。
「ボクと決闘して欲しいんだ。・・・手加減なしで」
そう言った時。
僅かにもう一人の遊戯の表情が変わった事の意味に、その時の遊戯は気付かなかった。
気付けなかったのだ。