あなたへ
「――――。・・・遊戯くん?」
「…え、あ…何? ゴメン、聞いてなかった」
「大丈夫? 何か…ぼうっとしてるけど」
「ここしばらくそんな事多いわよ。何か心配事でもあるの?」
放課後に集まって、皆で明日の遊園地で遊ぶぞ計画の最終調整をしていた最中のことだ。
元々その場にいたのだから、あっという間に何だ何だ、と囲まれてしまった。
・・・ちょっと気にしすぎなだけの事かもしれないので、あまり話すつもりもなかったのだが・・・こうなると逃げられないというか。皆心配してくれているみたいなので、余計に、だ。
「え、えーと。あのね・・・何か、もう一人のボクの様子がちょっと変だな…って」
ほんの小さな差異なんだけれども、何か、を感じる。
別に普段通りなんだけれど、ここ2,3日、ふとした弾みに思考の淵に沈んでしまうのだ。
どうかしたのかと問い掛けても、何でもないと笑うばかりで、はっきりと答えてはくれない。
だけど、また。
今もそうだ。いつもなら皆が集まってこんな風に話していたら表に出てきてくれるのに。千年パズルの中の彼は動く気配はない。
「…どうしたのかな、って。ちょっと心配になっちゃって…」
「だから一緒になってお前もぼーっとしてたのか」
「う、ん。…ゴメンね」
ふとした弾みに何かを深く考え込むのは、もう一人の遊戯の癖と言ってもいいかもしれない。だけど、今回は何の引き金も無かったと思っていたから。
しかも気遣ってか、何も自分には言ってくれないし。
・・・どちらかというとそっちの方がショックだったりするんだけど。
「もっと色々、言って欲しいんだけどな…」
ワガママとか、までは無理でも。せめて何か出来る事とか、あったら言って欲しいのに。
しゅん、と沈んでしまった遊戯に、何と声をかけていいか、お互いに顔を見合わす。
「・・・あのよ、こないだあっちの遊戯に聞かれたんだけどな…」
珍しく、それまでずっと黙っていた城之内が微妙に話し辛そうに口を開く。
まぁ、口止めされたワケでもねぇし、大丈夫か。とか何とか呟きながら。
「・・・ってワケだ」
城之内の解説を聞き終えたと同時に各々成る程と頷いた中で、ぱたりと遊戯だけは机に突っ伏してしまった。
「そんなつもりで言ったんじゃないのに〜・・・」
だからか。ここしばらく何か考え込んでたのは。
倒れ伏して机に懐きながらも、遊戯は大きく安堵の息を吐いていた。
・・・いや、結局原因自体、自分にあったみたいだけど。
でもまさか、そこまで真剣にもう一人の自分が引っ掛かるとは思っていなかった。
城之内も余程衝撃だったのか、しみじみと繰り返すので余計居たたまれない。
「あいつ真顔で聞いてくんだぜ、『手加減、っていうのは相手のレベルを低く見てるからやることだろう? オレは相棒をそんな風に思った事はない』ってさ。…で、ホントに言ったのか?」
「そう言ったのは本当だけど・・・」
でもボクの言いたかったのはちょっと、…いや、かなり意味が違う。
うーん…、と唸りながら本田も首を傾げた。
「手加減…ねぇ。・・・オレは決闘の事いまだよく判んねぇけどよ。手加減なんてしてねぇと思うぞ、もう一人の遊戯は」
もう一人の遊戯は…どう言ったらいいのか、酷く誠実だ。
ゲームに限った事でもなく、誰に、何に対しても。
悪意や好奇心程度にはそれ相応の態度をとるけれど、基本的に自分に向けられるものはすべて、真っ直ぐに受け止める。そして真っ直ぐに返すのだ。
「・・・うん、それは判ってるんだけど」
本田の言いたい事はよく判る。
だけど、と遊戯は続けた。
「でも、ほら。・・・ボクらと決闘してる時のもう一人のボクと、海馬くんと決闘してる時のもう一人のボクって、明らかに違うでしょ」
あっち見慣れちゃうと、どうしても、さ。
――――・・・・・・。
それは、確かに。
そんなことないよ、というフォロー台詞は流石に誰の口からも出てこなかった。
――――何となく、認識がずれた理由がわかった気がした。
・・・ていうかでもアレは、本気云々以前にあっちの勢いにノッちゃってるからじゃないかと思うんだけど。
ほら、ある種の防衛本能みたいなカンジで。
朱に交われば何とやらとか。
等。
色々な言葉は各々のアタマを巡った。
しかし、そんな事に気付く余裕のない遊戯は、また大きな溜め息をついている。
別にあの対海馬用のノリで対応して欲しいわけじゃない。
それに本気を疑ってるワケでもない。
心の部屋で自分と決闘しているもう一人の遊戯は、いつも酷く楽しそうだ。強い光を宿す赤の瞳を悪戯っぽく輝かせて、口元にはうっすらと不敵な笑みを浮かべて。
・・・だけど、やっぱり、違うから。
「だって全然テンション違うから…」
・・・ああ…でも、なるほど。
「・・・それ、ちゃんとあいつに言ったか?」
「え? ・・・言って、ないよ?」
手加減なしで決闘を。
そうは言った。
だけど、それ自体に深い意味があったわけじゃなくて・・・って、それは言ってない。確かに。
・・・伝わるだろう、って勝手に思っていたからだ。
だけど実際は、もう一人の遊戯はその前の単語に引っ掛かってしまって今は深い思索の中。普段なら聞いている筈のこんな『外』での会話も届いていない。
「だーッもー!」
バチコーン、と。
何とも言えない沈黙を吹き飛ばすには十分な衝撃だった。
「あいたぁッ もー、何すんのさ城之内くん〜」
結構な勢いで遊戯の背を張り飛ばした城之内は、悪びれずにニカ、とやんちゃな笑顔で笑い飛ばす。
「オレサマの気合い分けてやったんだよ。しんきくせーのはここでヤメ! もういけるだろ? 遊戯」
「城之内くん…」
城之内は、んーそだなぁ…とか言いつつ、わしわしと大きな手で乱暴に遊戯の頭をかき回す。
「ワガママ言って欲しいってんなら、まず自分から言ってみる、ってのはどーだ?」
「…ああ、その方が気兼ねなくなるかもな。いいんじゃね? 城之内にしては」
「んだよその言い方!」
「ったく…やめなよ、2人とも」
いつもの通りはじまったじゃれ合いに、御伽がさりげに仲介に入る。
先程までのしんみりした空気を破っていきなり戻ってきたいつもの風景に、遊戯は一瞬呆気にとられた後、思わず小さく吹き出した。
それまでずっと黙っていた獏良も、穏やかに笑いかけてくれる。後ろの騒ぎは気にしない。これもまた、いつものことだ。
「ちゃんと伝えてみたら? すぐ誤解だって判ってくれるよ」
なんたってキミの大事なパートナーなんだから。
「・・・うん。ありがと、皆!」
ゴメン、ボクちょっと先に帰るね!
いうなり鞄を持って立ち上がり、遊戯はばたばたと教室を飛び出していく。
「明日は八時半に時計塔広場だぜー!忘れんなよー!」
教室の窓から、廊下を駈けていく後ろ姿に向かって叫ぶと、判ってるよー! と元気なお返事が返ってきた。よしよし。
「…ちょっと意外だったかな」
遊戯の消えた廊下を見遣って、ぽつりと小さく呟いたのは御伽だった。
「何がだよ」
「…遊戯くんたちは何でも通じ合ってるもんだって、確かに思ってたから。ボクも」
「まぁ…でも、あいつらちょっとお互いにエンリョしてるトコとかあるからなぁ…」