ぐるぐる
さて、翌日僕は公園で静雄さんを待っていた。
あの人のメールはひどく簡素で、だけどとても静雄さんらしいものだと思う。
『仕事が早く終わりそうだから、よければ公園で待ってろ』という一文に、僕も『わかりました。待ってます』とだけ返信する。
あまり絵文字とかたくさん使うと、引かれはしないだろうけどちょっと静雄さんは戸惑うだろうなと考えて1人で笑ってしまった。
昨日の狩沢さんの話では、1か月も付き合えばキスぐらいは済ませいておくのが普通だそうだ。
ということは、
(できるなら、今日・・・や、やってみるしかない・・!)
そう考えると緊張してしまって、妙に心拍数があがるのを必死に押さえこんだ。
ベンチに座って待っていると、何度も携帯で時間を確認してしまう。
10分程経った頃、入口の方から背の高いバーテン服姿の静雄さんが長い足を活かして、大きな歩幅で片手を上げてやって来た。
口の端を少し上げて笑うシニカルな笑みがとてつもなくカッコいい。
どぎまぎしながらその姿を見上げる。
「よぉ、待たせたか?」
「い、いえ全然!こんにちは静雄さん」
「おう」
ぐしゃぐしゃと頭を撫でられる。
それに嬉しくて笑うと、静雄さんも優しい目をして笑ってくれた。
隣に座るとふわりと煙草の匂いがする。
(手、握りたい、な)
太ももの上で軽く組んだ大きな手を横目でチラリと見る。
あの長くて綺麗な指に触れられたら、と思うとさらにドキドキしてくる。
でもさすがに自分から手を伸ばす勇気がなくて、思うだけなんだけど。
「今日は学校どうだったんだ?」
「えっと今日は数学で当てられて――」
今日あったことを思い出せる範囲で静雄さんに伝える。
良かったこと、楽しかったこと、失敗して恥ずかしかったこと――、そんな僕の話に頷いて、時には笑ってくれる。
ふわふわとした楽しい時間を過ごしながらも、僕はどうやって先に進めるものなのか考えていた。
(とりあえず、近づかないと・・・!)
「それで、体育の時にコケちゃって、ここ少しだけ擦りむいたんです」
と言いながら、手首を見せるようにして体を少しだけ静雄さんに近づける。
静雄さんが座ってる方とは逆の手首を擦りむいていたので、良く見えるように不自然じゃない程度に体をひねって近づくことに成功した。
それだけで僕の心臓が張り裂けそうなほど速いビートを打っている。
「ちょっと赤くなってんな。もう痛くねぇのか?」
「はい、大丈夫です!」
近づけていた手首から、僕の顔へ静雄さんの視線が移る。
そのせいで今まで近づいたことないほど近くに静雄さんの顔がある。
距離にして30cmもないぐらいだろうか。
(う、うわぁ、近くで見てもカッコいい・・・!)
サングラスの奥の瞳がはっきりと見えた。
じぃっと見つめ合った目を、僕が静かに閉じようとした瞬間、
「あああぁぁぁっ、い、痛くねぇならよかった!」
静雄さんの首が残像を残すスピードで正面に戻された。
(え、えぇぇぇぇっ!?)
あぁーと唸りながらサングラスをガチャガチャ意味もなくかけ直している。
同時に詰め寄った距離を、また元に距離に落ちつけられてしまった。
「あ・・・はい、よかった、です・・・」
僕も出したままだった手首をそっと戻すほかなかった。
(い、良い雰囲気というものじゃなかったのかな今の・・・)
でも僕のスキルでは、あれ以上の理由で静雄さんに近づくことなんてできそうにない。
またチラリと横目で静雄さんの様子を伺えば、くっきりと眉間に皺が寄っているのが見えた。
(難しいんだなこういうのって・・・)
まぁ碌に女の子と付き合ったこともない僕では、年上のしかも男性との恋愛なんてどうやっていいものかなんてわかりようもない。
それでも近づきたいとか、触りたいとか、で、できればその・・そういうのとか、あったらいいなぁなんて考えるのは男も女もないと思っている。
そのままなんとなく無言になってしまった僕らの間に、気まずい空気が流れている。
なんとか打破しなければ・・・と静雄さんのほうをうかがうと、僕の横すぐくらいの距離にあの大きな手が置かれているのが見えた。
体の距離は詰めないまま、そぉっと、手を伸ばす。
気分は少し気性の荒い野生の猫に触れようとする感じだ。
じわじわと手を近づけて、(逃げられたりしませんように・・!)と祈る気持ちで静雄さんの指に触れる。
一瞬大きく震えた静雄さんの手に、そっと自分の手を重ねる。
大きさが違う僕らの手は、まるで亀の親子のようだった。
そっと指と指を絡めると、静雄さんも少しだけ力を入れて握り返してくれた。
「あ、あの、静雄、さん」
「・・・・・な、なんだ?」
「よければ、その、夕飯、僕の家で、どうでしょう、か?」
「・・・・・・・・お、おぅ」
2人でどもりつつも、なんとか次の展開へ持ち込むことには成功した。
(これ、ホントに先とか進めるのかな・・・?)
という一抹の不安は置いておいて、まず問題は手を握ったまま立ち上がるタイミングを図ることだった。