ぐるぐる
こちらからのメールも電話もやめて、数日が経った。
静雄さんからのアクションは、ない。
「みっかどー。今日もまっすぐ帰るのか?」
「あ、うん・・ごめんね」
「別にいいって。それより具合大丈夫なのか?ちゃんと飯食ってんのか?」
どんどん痩せてるぞと言って、僕の肩をポンポンと正臣が叩く。
静雄さんとあの恋人の姿を見てから、僕は全然食欲がわかず、ほとんど水とウィダーで過ごしている状況だ。
正臣が心配してくれているのは分かる。
園原さんにだって、昼休みに「これ、食べますか?」とお弁当を差し出された。
すごく嬉しかったし、食べられないことが申し訳なかった。
だけど、頭ではそう思うのに、体がどうも動こうとしない。
「ごめんね、正臣。心配かけて・・・」
「なんだよ急に。んなこと言うんだったら早く元気になれ!杏里だって俺だっているんだから、そんな世界の終りみたいな顔してんじゃねぇぞ!」
「う、うん・・・」
正臣には僕がこうなっている理由を教えることはできなかった。
だってなんて言えばいいのかわからなかったんだ。
(静雄さんの恋人気取りでいて、実は恋人じゃなかったことにショック受けてる、とか・・・)
一人相撲すぎて逆に笑い飛ばしてくれそうだけど、僕自身がまだ笑えるような状態じゃない。
でも早く立ち直らなきゃいけないのはわかっているから、今できる精一杯の笑顔を見せておく。
分かれ道で手を振って、一人家までの帰り道を歩きながら
(あぁ、そうだ狩沢さんにも早く会いに行こう。遊馬崎さんにも、僕が誤解してただけだって伝えなきゃ・・・)
狩沢さんはきっと「馬鹿ね、みかぷー!」といって笑い飛ばしてくれるだろう。
遊馬崎さんはちょっと同情してくれそうな気がする。
でも2人とも優しい人たちだから、最終的には慰めてくれるだろう。
そんなことをつらつら考えながら家へ辿り着く。
鞄を放り出して、ネクタイを緩める。
古びた畳の上に体を転がすと、少し埃っぽいイ草の匂いがした。
(少しだけ、寝よう。それから、ご飯は・・・食べれそうだったら、せめてカロリーメイトでも食べよう)
疲れきった心を体を休めるために、そのまま僕は目を閉じた。
+
コンコンと、軽い何かを叩く音に目が覚める。
もう外も暗くなってしまっていて、部屋の中は真っ暗だった。
その中で、またコンコンと音がする。
(ドア?誰だろう?)
畳の上に転がっていたせいで、少々痛む体をさすりながら「はーい」と応えた。
パチンと電気をつけ、とくに確認もせずにドアを開ければ、黒いベストが目の前にあった。
(え?)
顔を上にあげると、サングラスをかけた端正な顔が目に入る。
どこからどう見ても
「静雄、さん?」
「・・・よぉ、ちょっと、いいか?」
疑問系で聞かれるけれど、否定で返すことができないレベルの声音だった。
その低い声に、僕の体が竦む。
嫌な予感がした。もしかしたら静雄さんは、狩沢さんに会ったのかもしれない。
(僕との仲はどう?とか聞かれてしまってたら、どうしよう・・・)
確実に僕の死亡フラグだ。
いや、どうせこのままだったら餓死に近づいているわけだから、いっそここで静雄さんに殺された方がいいんじゃないかとか、馬鹿なことが脳裏をよぎった。
「・・・どうぞ」
とりあえず今すぐに僕の始末には移らないでいてくれるようなので、そっと静雄さんを部屋の中へ通す。
前に静雄さんが僕の部屋に来た時は、肉じゃがを作った時だった。と、懐かしく幸せだったときのことを思い出す。
幸せだったのは僕1人で、静雄さんはとても驚いていたんだろうと思う。
年下の同性の友人に「はい、あーん」だ。そりゃあ動揺して壁にぶつかるはずだ。僕だってそんなことされたら、そういう反応をするだろう。
あの時と同じ場所に座る静雄さんを見れば、自嘲の笑みがこぼれた。
「えっと、お茶いれますね。ちょっと待っててくだ」
「いや、いい」
鋭く言葉を止められる。
サングラスの奥から、じっと見つめられる視線に、「やっぱり」と口の中で呟いた。
確実に狩沢さんか、遊馬崎さんか、もしかしたら臨也さんから聞かされたのだろう。
でないと静雄さんがこんな反応をするわけない。
テーブルを間に挟んで僕も座る。
静雄さんはためらっているのか、口を開いては閉じてを繰り返している。
(そりゃ言いだしづらいよね・・・)