二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

「やんごとなき読者」(夏コミ新刊サンプル)

INDEX|2ページ/5ページ|

次のページ前のページ
 



「陛下は──読書はあまりなさらないのですか?」
「あまりというか……趣味としての読書はまったくしたことがありません」
 大量の本を前に敵前逃亡しようかと思っていた状況をそう告げると、少年はそういう人間がいると云うことを不思議に思うような表情で目を瞠った。
「そう……ですか。でも、読んでみようかとは思われたのですか?」
「そうですね──あなたがとても嬉しそうに本を読むのを見て、少し見習ってみようかと思いました」
 急に自分の事が引き合いに出されて、少年は少し驚いたようだったが、すぐに望へ柔らかな笑みを向けた。
「では……読む本を選ぶのをお手伝い致しますから、陛下も何か読んでみられては如何ですか?」
 少年の申し出自体はありがたいことだと感じながら、望はどうしてか、困ったことを云われたときのように眉根を寄せてしまっている自分を感じた。
「あの……」
「あ……差し出たことを云いました。済みません」
「いえ、そうではなくて──その呼び方は、止して貰えませんか?」
「……陛下?」
「それです。そうは呼ばないでください。もう──まもなくそうではなくなりますから」
 何を云っているのだろう。目の前で少年が困惑しているのが分かる。
 けれど、望には、あの違和感の正体が分かってしまっていた。この少年にそう呼ばれると、ひどく、奇妙な思いがするのだ。
「……では、先日間違えてしまったのも何かの縁かも知れません。先生──とお呼びするのは如何でしょうか。実際色々教えて頂きましたし」
 少し考えてからそう提案する少年の言葉は、すとんと望の胸に落ちた。
 ああ──そうだ。彼が呼んだ『先生』という声が、不思議に当たり前の事のように望の心に馴染んでいたから。だから今日、彼にそうで当然の敬称で呼ばれたことに違和感を覚えたのだ。
「はい──そう呼んでください」
「分かりました。……先生」
 そのように呼ばれるのは、なんだかひどく愉快なように思えて、望は覚えず微笑んだ。
「では、あなたのことも、この国の学生さんのように呼んでみましょうか」
「え?」
「あなたの名前は、この国の人名の響きにとてもよく似ているのですよ」
「ええ──級友にも云われたことがあります。上手く字を当てはめればこの国の人の名前のようになるよ、って」
「それではあなたの名に当国の字を差し上げましょう。何か書くものを持っていますか?」
「はい」
 そう云って少年が差し出した生徒手帳の、彼の国の綴りで名を記してあるページの隣の空白に、望は鉛筆で彼の名の響きと同じ字を書き付けていった。
「クドー……これは古くからある有力な一族の裔であることを示す姓の響きと同じですよ。そして名前は……そうですね。この字が良いでしょう」
 久藤准──そう書いたものを示すと、少年は望の書いた当国風に記した彼の名をじっと見つめて、ぱっと表情を明るくした。
「ありがとうございます──なんだか、初めからこの字が僕の名前だったみたいです」
 そう云って深々と頭を下げて望に礼を述べ、そうしてから顔を上げると、久藤は
「では先生──先生も、何か本読むといいよ」
 そんな風に、ふいに親しみを込めた口調でそう語りかけてきた。望の胸に、なにかくすぐったいようなものがざわめく。
「そうですね──何かお勧めはありますか? 久藤くん」
 同じく、教師が生徒を呼ぶようにそう云ってみると、久藤もまた嬉しそうに微笑んだ。