コロイド(白正)
いっそ彼も、不機嫌そうな顔で全ての感情を押し潰すなら、あの気に食わない男のように笑って誤魔化せば良いのに。
どうせ同じように感情を読み取れないのなら、顰め面よりも不気味ながら笑みを浮かべてもらっていた方が精神衛生上互いに健全なような気がする。
「だいたい正一も、それなりに人に好かれたいならその顰め面止めればいいのに。寄ってくる人も寄ってこなくなるよ」
「いいんだよ、別に。これは僕の処世術なんだ」
「人を寄せ付けないことが?」
「違う。あまり多くの人に近寄られても苦しいだろ。この顔はその壁だよ」
ぎゅう、と一際深く正一の眉間に皺が刻まれる。眉間の筋肉凝らないのかな、とスパナは常に疑問に思う。
手を伸ばして、皺が寄った相手の眉間をちょんと突いてやる。皺は解消されなかったが、正一の目がきょとんと丸くなった。笑顔ではないものの、顰め面よりは断然いい。
「……何」
「ん、特に意味はない」
かろん、と咥えたキャンディを転がす。飄々としたスパナに、正一はペースを崩されっぱなしだ。
正一が何か一言返す前に、スパナが続けざまに口を開いた。
「正一、自分が矛盾だらけだって自覚ある?」
好かれたいのに、近寄って欲しくない。
好かれる努力を怠らないと同時、壁を張るのも忘れない。
正一は、ぐっ、と何かを飲み込むかのような顔をした。スパナの眉間突きで少しは薄れたような皺も、またぐっと深くなる。
痛いところを突かれた、と正一は思っているのだろう。スパナもそれなりに確信を突いたつもりだった。
噛み締められた唇が少し緩んだ。か細く正一の口から息が吐き出される。
「……知ってる、自分が矛盾したこと言ってるってことくらい」
その声には悔しさが多分に含まれていた。正一としては、自分よりも他人の感情に疎くて無関心なスパナに指摘されたことが堪らなく悔しかった。
「ウチはね」
噛み締められていた正一の唇に血色がじわりと戻っていく。
スパナにはその様子が酷く艶かしいと思った。
「正一が思っている程、人間をどうでもいいなんて思っていないよ」
正一の瞳がスパナが見たことがないくらい、大きく見開かれる。
スパナはその顔が見られただけで満足だった。
それだけ自分は、他人に向けるのと同じように正一に無関心を装っていられたのだ。スパナのポーカーフェイスが成功していたという決定的な証拠だった。
「ただ、正一以外の人間なんてどうでもいいと思っているだけで」
「なっ……」
「ウチは、正一みたいに?誰か?に好かれたい訳じゃない」
じっと正一の目を見つめたままだった。言葉で何かが届くとは思わない。正一がスパナの視線から何かを汲み取ってくれるのを祈るばかりだ。
「ウチを理解してくれる人にだけ、好かれたいだけなんだ」
つい、と先に視線を逸らしたのはどちらが先か。スパナが全てを言い終えたときには、二人の視線は交わっていなかった。
「……0と1で割り切れたら良かったのに」
正一が小さく呟く。スパナは何となくその一言は聞いてはいけないもののような気がして、聞こえない振りをした。