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The Summer Photograph

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 ふたりが到着すると、空港には和装の日本が待っていた。溜まっていた有給や休暇制度を利用して、彼にしては長い目の夏休みを確保できたのだという。
 道中で鰻屋で鰻重を食べて、彼の自宅に到着したのが昼下がり頃、一日でも一番暑い時間帯だった。
「イギリスさん、だいじょうぶですか?」
「……お前は、平気そうだな」
 ぐったりと縁側に座り込むイギリスとは対照的に、セーシェルはけろりとしている。
「そうですね、最初はキツイと思ったけど、なんか身体が慣れてきました」
 そうか、と彼は力なく言う。たくましいことだ。
 初めて夏の日本を訪れたイギリスが、怪談でも語るような顔をして「この国で怖ろしいのは気温じゃねぇ、湿気なんだな」とこぼしたのを、日本は今でも覚えているという。
 井戸で冷やしていたスイカを切って縁側で食べていると、雲の流れが変わって、庭に濃い色の陰が落ちるのが見えた。ちりんと風鈴が鳴って、体感温度が少しだけ下がった気がする。
「やっとひと心地着いたな」
「それはよかったです。スイカは、体温を下げてくれる食品なんですよ」
 ひと工夫するだけで、厳しい気候でも快適に過ごせるものだ。日本は涼しい顔をして言う。ひと工夫どころではない、何か魔法でも使っているのかと思うほど、暑さを感じていないような顔の日本に言われては、説得力があるのかないのか。
 早々にスイカを食べ終え、部屋の陰で日本の愛犬とたわむれているセーシェルを日本は見遣る。
「今夜のお祭りには、浴衣はいかがですか?おふたりの分の浴衣が用意できましたので。おふたりは慣れておられないでしょうけど、気分だけでも味わわれては」
「浴衣!」と耳ざとく聞きつけ、ぽちを抱いたまま戻ってくるセーシェルである。
「私のもあるんですか?!」
「わざわざ買ってくれたのか?」
 そこまでしてくれなくても、と申し訳なさそうな顔をするイギリスに、日本は首を横に振る。
「イギリスさんは私の男物があるのですけどね。女性用の都合がつかなくて、近所の方に相談しましたところ、そちらのお宅の娘さんが貸してくださると」
 近所の家の、セーシェルの外見年齢よりいくつか年上のお嬢さんが、「私のでよければ」と快く貸し出しを申し出てくれたのだ。塾の夏期講習が重なって祭りに行けないから、代わりに楽しんできてね、と言って。
 浴衣を貸す条件として、彼女はいたずらっぽく言う。「着るのって、お知り合いの外人さんなんですよね?」
 それなら、その子が浴衣を着た写真がほしいのだと。ただの好奇心だという。たやすい条件だった。
「いいのか?悪いな」
「ええ。やはり、ご近所付き合いは大事ですねぇ」
「わぁい!ありがとうございますー!」
 無邪気に喜ぶセーシェルに、夕刻になってから着付けをしに着てくれたご近所の奥さん(浴衣の持ち主の母親である)も、「お貸しする甲斐があるってもんだわ」と微笑む。
 金魚と水草の柄の、シンプルながらも愛らしい浴衣を着て、「どうですか?」とくるりと回ってみせるセーシェル
に、イギリスは「まぁいいんじゃないか」と口を濁した。
 予想以上に似合っていて、イギリスが素直に褒めるか皮肉でごまかすか迷った結果、至極半端な言い方になってしまった。
 日本は相好を崩して「よくお似合いですよ。いいですねぇ」とにっこり笑う。
「ま、モノがよかったんだろうな」
「ふんだ、イギリスさんのばーか!」
 ようやく憎まれ口みたいなのが口から出てきたけれど、セーシェルはべぇっと舌を出して、「日本さーん、あの眉毛、ひどいと思いません?」と訴えている。「おやおや」などと言いながら、日本はおもしろそうに、意味深な目線をくれるだけである。
 非常に、やりづらい。
 人づきあいが苦手なくせに、世話焼きな一面も持ち合わせている友人は、彼の国にやって来てから、何くれとなくイギリスたちがいいヴァカンスを過ごせるようにと動き回ってくれている。それは感謝しているし、セーシェルも楽しそうだし、ありがたいのだが――どうにも日本は、セーシェルといる時のイギリスを、おもしろがっているように思えてならない。
 もちろん下世話なちょっかいは一切出してこないし、一線を踏み越えてくることはまず無い。彼の好意は本物だ。が、「若いっていいですねぇ」みたいな顔をしながら微笑ましく見守られているのは間違いない。
「なぁ、日本!」
「はい?」
 その辺りを一度、訊いてみようかと思ったのだけれど。
 日本はまぶしいものを見るように、目を細める。
「どこか、おかしなところでもあるか?」
「いいえ!自画自賛をするつもりはないのですが、やはりその色はイギリスさんによくお似合いだと思いまして」
「そうか……ありがとな」
「こちらこそ」
 たいていは無表情の彼に微笑まれて、やわらかい声音で言われて。まぁいいか、とイギリスは邪推を飲み込んだ。

 空が暗くなり始めてからは、夜闇に包まれてしまうのはあっという間だった。
 すっかり日が暮れた街を歩いて、祭りの会場である神社に向かう。来たばかりだというのに、
「だいたいの雰囲気は分かりましたね?私の家はすぐそこにありますから、迷うこともないですよね。私の家の縁側が花火の特等席ですから、打ち上げ開始時刻までには戻ってらして下さい」
 日本はそれだけ言うと、「では、私はこれで」と帰るそぶりをみせる。
「おい、日本?!」
「日本さん、帰っちゃうんですか?」
 にこりと笑って、日本は疲労などまったく感じさせないいつもの顔で「私はくたびれましたので、家で休んでいますよ。あとはおふたりでごゆっくりと」などとのたまう。イギリスは声に出さず突っ込む。――確実に嘘だろそれ!
「そうだイギリスさん、これを使って下さい」
 と、日本が懐から差し出したのは、昼間に彼が使っていた手のひらサイズのデジカメだ。容量は桁違い、自動手ぶれ補正完備、夜でも雰囲気をそこなわず美しく撮ってくれる。どんな機械音痴でもきれいな写真が撮れるすぐれもの、だそうだ。
「あ……すまないな」
「お安い御用です。では」
 機敏に身をひるがえし、イギリスが声をかける暇もなく、小柄な彼の姿は周囲の人々の中にまぎれて見えなくなってしまった。
 気を遣われたのだろう。ふたりは顔を見合わせる。さてどうしようか。
「あー、まぁなんだ、こんなところで突っ立ってても仕方ないしな」
「行きますか」
 ずいっ、とイギリスが手を突き出してくる。はて、とセーシェルが首をかしげると、ん、とあごでうながされる。
「なんですか。なに強請ろうとしてんですか」
「なに頓珍漢な事言ってんだバカァ!はぐれそうだから手ェつなぐんだろうが!」
「だ、だったら最初からそう言えってんですよ!」
「そこは空気読めよ!」
「はじめっから言葉にすればいいでしょー!」
 ふたりの声も、祭りの喧騒にまぎれて掻き消えていく。これが本気の喧嘩の怒鳴り合いならもっと悪目立ちもするのだろうが、所詮は悪意のない言い合いだ。通りすがりのカップルにくすりと笑われたのが分かって、イギリスはぐいっとセーシェルの手を引いてその場を離れる。
「ふわっ」
「とっとと行くぞ!」
作品名:The Summer Photograph 作家名:美緒