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The Summer Photograph

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 つかんだ手のひらに、ぎゅっと力がこめられる。途端にしおらしく頬など染めて、なんだかんだと言いながらも着いてくるのだから、これまたいつものことだ。
 イギリスは歩調を緩めて、ぐるりと辺りを見渡す。
 露店の店主が呼び込む店の前には人の列ができていて、この国の料理がいいにおいをただよわせている。コットンキャンディ―、焼きとうもろこし、丸ごと焼いたイカ。金魚すくい、色とりどりのお面、かざぐるまや紙ふうせん、ほかにもおもしろそうなものがいろいろ。行き交う人々は、地元の人ばかりがやってくる小規模の祭りらしく、見渡す限り日本人ばかりだ。
 自分の国では見られない光景に、イギリスは今さらながら気づく。
 この国では、ふたりは外国人なのだ。すっかり近代的な街並みのこの国の一角に、突如現れた異国情緒あふれる光景。伝統的な行事の風景。
 感慨深く周囲を見渡していたイギリスは、手をくいくいと引かれて我に返る。
「なんだ?」
「あれ、なんですかね。おいしそうですよ」
「うん?」
 セーシェルが指さす方には、屋根にりんごのイラストが描かれた出店がある。色気より食い気か。まあ、こういう大衆の行事事では、異国の味を堪能するのも楽しみ方のひとつか。屋台の売り物を見たセーシェルが目を丸くしている。
「これ、イギリスさんちのタフィー・アップル?」
「こっちのは、りんご飴ってんだけどな」
「りんご飴!……どっちもネーミングそのまんまですね」
「いいじゃねぇか、分かりやすくて」
 それはりんごに飴をからめた菓子だと、以前日本から聞いたことがある。偶然なのか、さかのぼれば起源は同じなのか、イギリスにもりんごにタフィーという飴をまぶした菓子がある。今度調べるのもおもしろそうだと思いながら、セーシェルに一番大きなりんごの飴を買ってやる。
 嬉しそうに表面の飴をなめている彼女の横顔を見ながら、今、日本に借りたデジカメでいきなり撮ったら、セーシェルは怒るだろうかと考える。考えただけで実行には移さなかった。

 イギリスは以前にも日本の祭り――その時は《縁日》と呼ばれていた――に来た事はあるけれど、セーシェルは初めてのことだ。見るもの聞くもの食べるもの、すべてがめずらしい。くるくると表情を変えながら、あれ見て、これなぁに、と露店をひとつひとつ覗いていくセーシェルに、イギリスは付き合ってやった。
「ほわっ!」
「っと、足元気をつけろよ」
「あ……ありがとうございます」
 履きなれない履物に足を取られて、石畳につまづいて転びそうになったセーシェルの腕を、イギリスがとっさのところで引くと、軽い身体はぽすりとイギリスの腕の中におさまった。
「くぅ、イギリスさんに助けられるなんて!」
「嫌なのかよ」
「いやーそんなことは決して!ちょっと悔しいんですけど、なんでそんなすたすた歩けるんですか」
「なんでってそりゃ、初めてでもないしな」
 いつものおさげはなく、彼女の髪はちょっと大人っぽくアップスタイルにまとめられている。いつものサマードレスよりも露出の少ない装いだというのに、妙な色香を感じるのは気のせいか。イギリスは軽口を返しながらもさりげなく彼女から目をそらす。
 ちょっとした表情やしぐさ、見えるものに、いちいち目がいってしまう。普通のヒトの数倍も長く付き合ってきた、いつものセーシェルのはずなのに。新鮮で、面映ゆい。
「って、セーシェル?!」
 いつの間にかセーシェルの手を離してしまっていて、イギリスはあわてて周囲を見渡す。
「あ、イギリスさん!こっちこっちー」
「急に離れるな!はぐれたと思っただろ!」
 いくつか先の屋台の前で、セーシェルが手を振っている。人とぶつかりそうになりながらセーシェルに追いつくと、彼女が目を輝かせてイギリスの浴衣の端をつかんで引っ張った。
「あれ、ほしいです!」
「射的か。っておい、あれは」
「シナティちゃん!ほしい!」
「お前はまた、なんでそんなもんを……」
「かわいいじゃないですか、シナティちゃん。それに、持って帰ったら、きっと日本さんがびっくりしますよ」
「そりゃびっくりするだろうよ」
 日本もびっくりはするだろうが、なぜ本家本元の国に来てまでパチモン――いや、コピー商品を。
「いいなーほしいなー」
「どんな趣味してんだお前は」
 基本的には物欲にとぼしいセーシェルだったから、イギリスには意外な光景だった。服もアクセサリーも、およそ年頃の女子がほしがりそうなものをねだられたことがない。菓子をやったら喜ばれた記憶はあるが、小さな子どもでもあるまいに。
「もうちょっと、いいものねだってみろよ」
「シナティちゃんのどこが悪いんですか!」
 セーシェルはぷうと頬を膨らませる。
「私の島で、きれいな服とかバッグとか、別に必要ないでしょ?」
 もったいなくて着られなくて、たんすの肥やしになるのが関の山だとセーシェルはいつも言う。ああ、容易に想像ができてしまう。
「でも、たとえば、ぬいぐるみだったら部屋に飾っておけるでしょ。そういう意味で実用的なものがほしいんです」
「そんなもんか?」
「そうですよ。それに、射的ですよ射的!私のためにイギリスさんががんばって獲ってくれる、っていうのがいいんじゃないですか」
 射的は、おもちゃの銃でほしい景品を撃つ遊びだ。そう、これは遊びなのだ。本物の銃器も使いこなせるイギリスにしてみれば、児戯もいいところである。――だというのに、セーシェルは今なんと言った?
「この俺が、がんばって獲ってくれる、だと?」
「おお?……なんかイギリスさん、顔こわいですよ」
 ちょこざいな。がんばって、とはよくぞ言ったものだ。こんなお遊び、イギリスなら目をつぶっていたって一発で仕留めてみせる。
「待ってろ、すぐに獲ってきてやるよ」
「まじですか?」
「大イギリス帝国なめんなよ!」
 なんだか危ないスイッチが入ってしまって、イギリスはひらひらする袖をまくりあげ、射的屋のおやじにコインを渡して作り物の銃をもらう。うっかりガラの悪い血が騒いで、ちょっと本気で持ち弾を全部景品に当ててしまった。
 周囲の観客の拍手喝采で我に返ったイギリスは、シナティと、セーシェルの喜びそうなくまのぬいぐるみを残して、残りの景品はおやじに返した。
 イギリスの片腕には、赤いリボンを首に巻いたくまとシナティが抱えられていて。もう片腕にはセーシェルがくっついている。
「わーい、ありがとーございますー!」
「ぬいぐるみごときでそんなに嬉しいか。安いもんだな」
「嬉しいのは嬉しいですけど、それだけじゃないですよ」
 えへへ、と笑って、ぎゅうとイギリスの腕に抱きつく。
「イギリスさん、すっごくかっこよかったです。いいもの見ちゃった」
「そうか?言うほどのもんじゃねぇだろ」
「いやー、通りかかる人みんな、イギリスさんのこと見てましたもん」
 それは単に、自分たちがめずらしかったからではないのか。髪の脱色がめずらしくない最近の日本国内でも、イギリスほども色の薄い金髪にしているひとはそうそう見かけない。
 金髪碧眼は、この国では案外目立つ。じろじろ見られることにある程度慣れているイギリスは気にも留めていなかったのだが、セーシェルは不満そうにしている。
作品名:The Summer Photograph 作家名:美緒