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The Summer Photograph

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「でも、ただの外国人じゃあんな目で見ませんよ、絶対。イギリスさんが格好よかったから」
「……そうか?」
「そうです」
 今頃になって、照れくさくなってきた。いつもは生意気なセーシェルが、いつになく素直にイギリスを褒めるものだから。
 頬が赤いのが自分でも分かる。セーシェルはまた違う露店に気を取られていて、イギリスが照れているのには気づいていない。
「ばぁか」
「え?なんか言いました?」
 振り向くセーシェルに、イギリスはあわてて取りつくろう。ちょうちんの灯りだけでは、顔色までは判然としないのをさいわいに。
「別に。今度は何を見つけたんだ」
「あれ見てあれ、金魚ですよ!」
「見りゃ分かるよ。ああ、金魚すくいか」
 これでも実年齢4ケタの人生だ。今さら女相手に舞い上がることなんて、ないと思って油断していた。
 セーシェルに「格好いい」と言われたことが、今さらながらも照れくさくて、嬉しかった。


 セーシェルがひざを折って、熱心に見つめている浅い水槽には、赤と黒の金魚が泳いでいる。本当はセーシェルも金魚すくいをやってみたかったようだが、金魚をもらったところで、飛行機に乗せて持って帰るわけにはいかない。
 いさぎよくあきらめて、他の子どもが熱狂しているのを、となりで観戦していた。店のヤンキーっぽい兄ちゃんが、金魚すくいのやり方を懇切丁寧に説くのを、一緒になって真剣に聞いている。
 イギリスの片手が空いて、ふと、日本からデジカメを借りていたのを思い出す。まだ1枚も写真を撮っていない。
 カメラを起動して、構える。セーシェルは気づいていない。何気なく、ピントを合わせてカシャリとシャッターを切る。
 鮮明に写る、浴衣姿のセーシェルの横顔。俯瞰ぎみの構図はセーシェルのうなじにしっかりとピントが合っている。それがくっきりと写っているものだから、イギリスは妙な気分になった。
「よかったねぇ、金魚いっぱい獲れて!」
 透明の袋の中で泳ぐ金魚。その子どもがすくったのだろう。少年は自慢げに、金魚をセーシェルに見せている。
「おねえちゃんもやればよかったのに」
「うーん、そうだねぇ。また今度ね」
「やんないの?あー、おねえちゃん実はチョーへたくそなんでしょ」
「なんだとぉ?!」
 おいおい、ガキ相手にムキになるなよ。――イギリスは苦笑する。
 子どもと別れて手を振るセーシェルに、もう一度、イギリスはデジカメを構えたそのままで。
「セーシェル」
 呼ぶ。さほど大きな声を出してはいないのに、彼女はちゃんと聞きとって、「はい?」とイギリスの方を向く。
 振り向きざまに、パシャリと撮ってやった。
「うわ、なんですか急に!」
「おー、すんげぇ顔で写ってるぞ」
「えっ、やだぁ、見せて!すぐに消して!」
「ははははは、そうはいくか」
 セーシェルが目いっぱい手を伸ばしても届かない。デジカメを高くかかげて避難させる。大きな目をさらに見開いて、驚いた顔。これはこれでイイ感じの1枚が撮れたので、イギリスに消すつもりはさらさらない。
 浴衣に借り物のデジカメにと、いつもほども強気に出られないセーシェルをしばらくからかって。機嫌を悪くした彼女をなだめるように、さりげなく頬にキスをひとつ。
 手を引いて、露店が途切れた木陰に移って、人目からセーシェルの隠すように抱く。唇を重ねると、イギリスはいやに甘ったるい味を感じて口を離した。
「っ、あま……」
「あっ、さっきのりんご飴のせいですかね」
「ああ、どうりで」
「ちょっとイギリスさ、んぅっ」
 口の中に残った飴を風味を根こそぎ舐めとってやるつもりで、口の内側にぬろりと舌を這わせたら、セーシェルに背中をばしばしたたかれた。イギリスも、ぬいぐるみ2匹が枷になって、そうそう強くは出られない。
「馬鹿っ、もうっ!」
「悪い悪い」
 今は、こんなお遊びみたいなキスでいい。こんなところで本気になってしまっても困るし。まあイギリスとしてはやぶさかでもないのだが、本気の顔、を衆目にさらしてやる趣味もない。
 他愛もないことを言い合いながらひとしきり屋台を冷やかして、屋台で買ったタコ焼きと焼きそばを分け合って食べた。魚介類全般を食べられるセーシェルと、タコが生理的に受け付けないイギリスとでちょっとした喧嘩になった。
 夕食のデザートはチョコバナナだ。シンプル極まりない食べ物が、やたらと旨く感じた。

 露店の並びもまばらになり始めて、人が幾分少なくなってきた。
 帰り道、イギリスは「セーシェル、」と呼びとめる。
「楽しかったか?」
 訊くとセーシェルは、「はい!」とにっこり笑う。
 彼女の背後には、ゆったりと流れていく祭りの客。ところせましと居並ぶ出店、祭りの風景をぼんやりと浮かび上がらせるのは、ちょうちんの暖色の灯りだ。異国の少女を幻想的に彩る東洋のワンシーン。
「ずっと、イギリスさんとふたりで、よその国に行きたかったんです。私たちを誰も知らない、そんな場所」
 ふたりっきりで。つかの間の休息を。自分の国に帰ってまた離ればなれになっても、楽しかったことを思い出せる、旅の思い出がほしかったから。
 ちょっとだけ笑って、イギリスはカメラを構える。今度は不意打ちではない。レンズを向けられたセーシェルは、一瞬だけ緊張した面持ちを見せて、しかしすぐに、はにかんだように微笑む。
 パシャリ。イギリスはシャッターを切った。



作品名:The Summer Photograph 作家名:美緒