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飴の蜂屋・神頼み編【鉢雷鉢】

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「なに、俺みたいなのは、この世のなかはいて捨てるほどいるわさ。そう悲惨な話でもない。寝床と食い物があったんだから、万々歳だよ。……なにより、先代が俺を気にかけてくれたのが嬉しかった」
 汚れた敷物を洗う三郎を、そっと駕篭からうかがい見ていた先代。時折気づいて三郎が笑うと、駕篭はゆっくり去って行った。
 つらくて道に外れそうになったときも、先代がいると思えばたえられた。そして先代の向うに、幼い頃の雷蔵を思い出してはあたたかさをもらった。
 八左ヱ門の目にも、出会った頃の雷蔵のあどけない様子と先代のほがらかさが思い浮かぶ。この親子はただそこにいるだけで空気を優しいものに変えてしまう、不思議な力があった。辛いとき、それがどれだけ助けになるか、八左ヱ門は知っていた。
「たいへんだったけど、おかげで幸せだったよ。とても。……でも。親父のときも思ったけど、人はあっけなく逝ってしまう」
「うん、そうだ。本当にそうだね」
 先代は突然亡くなった。したためた日記には、ほとぼりがさめ、三郎を連れ戻そうか迷っている様子が読み取れた。しかし雷蔵には、遺品を読み真実を知っても、どうすることもできなかった。三郎の居場所は、先代だけの秘密だったからだ。
「……私たちはね、八左ヱ門」
 雷蔵はそっと三郎の手を握って、八左ヱ門を向いた。
「生まれてから何年か、いっしょにいたんだ。それで、ね。双子みたいって言われたんだよね。あんな年だったのに、不思議と覚えてる」
「俺もよく覚えてるよ。親父が蜂屋でもちょくちょく働いていたから、よく一緒になったんだよね。雷蔵と、俺。笑うのも、跳ねるのも、走るのも。ずっと一緒だったよ。俺、雷蔵と兄弟になりたかった」
「私……、僕だって! だから君が僕の顔をしてやってきたとき、すぐ分かったんだ。こんなことできるのは三郎しかいないって。僕は君が遠くへ行って幸せに やっているって、そう父さまから聞いていたから……遺された日記を見てどんなに驚いて、怖くなったか……三郎がずっと気がかりで仕方がなかった。僕の半身 はどこへ行ったんだろうって、暇さえあれば探しに出て……」
 でも、見つけられなかったと雷蔵は言う。目から小さな涙の粒が落ちた。三郎は、自分が以前と同じ顔をしていなかったせいだと首を振った。
「俺がいけないんだ。顔を変えて、紛れて生きてきたから」