飴の蜂屋・神頼み編【鉢雷鉢】
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「店の方じゃないかい?」
「そうだね。雨で何か倒れたのかな……八左ヱ門、三郎、行こう!」
頷きながら、八左ヱ門は首を傾げた。店の戸はいつもぴたりと閉じているし、雨で内側へ倒れそうなものは思い当たらない。雷蔵の言葉は、きっとそうあって欲しいという気持の現れなのだろう。
とにかく、八左ヱ門は雷蔵の背中を追った。
洞から雷蔵の部屋へ出たところで、今度は甲高い声が聞こえてきた。顔を見合わせる。あの声は、
「トモミの声!」
いよいよ急いで、三人は店へと向う。下男やら何やらが、団子になって僅かに開いた障子から店を覗いている。ぼやりとした灯りでも、一様に青ざめているのがわかった。
「何があったんだい!」
カチカチと歯を鳴らす幼子は、かわいそうに、声をなくしてしまい、雷蔵に答えられない。これはぐずぐずしていられない。
「どけ!」
止める手を振り払って、三郎が戸を開ける。
「だからやめなさい! どこの誰だか知らないけどね、こんなことしても何にもならないわよ!」
「いいから金子をよこせ!」
「きゃあ!」
目に飛び込んできたのは、ひらりと踊った刃物だった。
蹴破られたと思われる店の戸は大破している。その前で、びしょ濡れの男がトモミに向って刃物を振りまわす。速かったのは三郎だ。トモミをぐいと自分の方へ引っぱると、倒れ込む。放るようにしてトモミを雷蔵に渡してすぐ、向ってくる男の前に立ちはだかった。
八左ヱ門はここまで惚けたように突っ立っていたが、ふいにトモミの破れた着物が目に入り正気に戻った。間一髪で助かったものの、袖だけが刃先によって切 り裂かれていたのだ。あと少しずれていたら、腕を切り裂いていただろう。トモミは大きな目を見開いて、ぼろぼろと涙を零している。彼女は震え上がりながら も、必死に店を守ろうとしたのだ。しっかりしているとはいえ、トモミはまだ幼い少女。八左ヱ門の頬がカッと熱くなった。
怒りがむしろ、八左ヱ門の心を鎮める。
三郎と男は、じりじりと間合いを計るようにして相対している。下男たちはすくみあがり、雷蔵でさえもトモミの肩をさすりながら、じっと息を飲んで見守っている。ほんのわずかな動きさえ男を刺激して大ごとになりそうで、うかつに動けない。
だが、八左ヱ門は、ちょうど皆の背中に隠れ、男から見えぬ位置にいた。
作品名:飴の蜂屋・神頼み編【鉢雷鉢】 作家名:やよろ