飴の蜂屋・神頼み編【鉢雷鉢】
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懇意にしてる岡っ引きを呼ぶのはやめることにした。
男手の手足を縛り上げ、雷蔵の部屋に転がす。そこで雷蔵、三郎、八左ヱ門が寝ずの番をすることにして、下男たちは部屋に返した。
三人の視線が突き刺さるような位置に坐らされた男は、尖った雰囲気を少し引っ込め、居心地悪そうにしていた。それも無理ない。喋らずとも八左ヱ門は男へ の怒りをあらわにしていたし、三郎は虫けらでも見るような目で男を見張っている。二人がそんな態度であったから、必然的に最初に口を開いたのは雷蔵だっ た。
「どうして、うちに押し入ったんだい?」
「……」
母が子を諭すように優しく訊ねても、男は答えようとしない。
「うちの三郎が、漬物屋でなにかしたのかい?」
男はまた答えない。だが雷蔵はあせらないでゆっくりと言葉を続ける。
「……うちの三郎からはね、あなたが漬物屋の金子を盗もうとしたところを、通りがかりの誰それが見咎めて、盗人め、いいや濡れ衣だと喧嘩になったんだって聞いたけれど。三郎はそれを止めに入ったって」
男は舌打ちをした。八左ヱ門にとっては初めて聞く話だ。しかし三郎がこの男を見張っていたところ、起きた騒ぎだったと容易に想像できる。慣れた盗みの手つきは疑惑を決定づける良い証拠だったのかもしれない。
「ところで」
雷蔵はこの場にそぐわないほど柔らかに微笑んだ。
「あなた、料理人だね」
初めて男の肩がびくりと反応した。伏せていた顔を上げ、なんで、と唇を動かす。雷蔵は、簡単さ、そう言って首をかしげた。
「包丁かな。知り合いの料理人がね、ああやっていつも綺麗にしているのを見ているから。料理人にとって包丁は命だものね。誇らしい職だと思うよ。ねえ、君は何を作るんだい?」
「あ。あの、俺は……」
八左ヱ門は突然男を誉め始めた雷蔵を怪訝に思った。ところがしばらく成り行きを見守っていると、次第に雷蔵の意図が見えてきた。
「……昔は、ある店で料理を作っていましたが、今の家へ引き抜かれたのです。旦那様が俺の腕を見込んでくださって……」
「そう、それは君がそれだけ頑張ってきたからなんだね。君の旦那様も自慢にしているだろう」
「そんな……」
男は微かに笑いさえした。そう、頑なだった態度が軟化したのだ。言葉遣いまでも丁寧になっている。
作品名:飴の蜂屋・神頼み編【鉢雷鉢】 作家名:やよろ