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飴の蜂屋・神頼み編【鉢雷鉢】

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「おまえの旦那様のメシのためだけに! トモミはあんなに怯えさせられたのか! みんなも、あんなに怖い思いをしたのか!? そんなことが許されると本当に思っているのか!?」
 男は身をすくめながらすぐさま何がいけないと言い返す。
「なんだい、いきなり! 俺の旦那様はもうすぐいなくなってしまう! そんな人に俺のできるすべてをかけて美味いものを食べさせて、何が悪い!」
 男の切れた唇の端から唾と血が宙に飛んで、八左ヱ門の頬にあたる。
 そして男はぎょっと目を見開く。殴った八左ヱ門の方が、余程傷ついた顔をしながら、絞り切るように問いかけたのだ。
「人を傷つけて、殺してもか?」
 少しひるんだものの、男はけろりとして、
「旦那様の不幸に何が勝るっていうんだ!」
 言い切った。
 ふらりと足下が崩れる。八左ヱ門は、力なく坐り込んだ。男は、そんな八左ヱ門を勝者の目で見下していた。
 鼻がつんとして、ほどなく、ほろりと涙が流れてきた。なぜかわからないまま、いつの間にか雷蔵が側で背をさすってくれていた。
「いいんだよ八左ヱ門。もうね、いいんだ」
 雷蔵から滲んできたのは諦めの感情だった。もう、「無駄」だと、そう悟ったのだろう。しかし、混乱した頭では、なにが無駄なのかさえ、ぼやけたままだった。

 鈍い音がした。
「あ……」
「こら、三郎!」
 今まで沈黙を守っていた三郎が、男の頭を蹴ったのだ。
 男は溢れ出る鼻血をおさえながら、明らかにおびえた目で三郎を見ていた。八左ヱ門に対してとは全く違う恐れ。まるで漬物屋でいなされた時のことを思い出しているかのように……

「人を刺した包丁で、旦那様にメシを作るのか。さぞかし美味かろうよ」

「三郎! お止め!」
 雷蔵が止めるのも無理は無い。ぞっとするような声音だった。人を心の底から見下すと、あんな声になるのかもしれない。
 小さくなった男が、決死に三郎へ吠え返す。
「黙れ! 黙れ黙れ! この畜生が! 邪魔ばかりしやがって、俺にはな、おまえなんかよりよっぽど大事な仕事があるんだ! おまえなんか死ね! 軽い命め、死んでも誰も痛みはしないさ!」

 ごっ。
「ぶっ!」

「あ」
 しまった、という顔で立ちつくすのは三郎を止めていた張本人。
「旦那!」
 八左ヱ門は思わず拳を握った。涙は引っ込んでしまっていた。