パロ詰め合わせ1
4.ファンタジーパロ
名前のない世界。その最果てのちいさな村が、アーサーの生きる場所だ。そして、その村でアーサーは『特別』な存在だった。
ちいさな村には名前もない。だれがいつ作ったのかもわからないが、ひとつだけ村に伝わっている古い言い伝えがある。
昔々、この村が恐ろしい怪物に襲われたとき、蒼い瞳の勇敢な戦士が村を救ってくれたという話だ。そしてこの村を襲わせた人間は、碧の瞳をしていた。たったそれだけの話だが、村のだれもがその伝説を信じ、崇拝していた。
この世界にはいくつかの理があるが、その中に瞳の色での種類分けがある。
碧の瞳を持つ者は、たぐいまれない魔力を持つ魔導士になるために生まれてくる。
蒼い瞳を持つ者は、力が強く勇敢で有能な戦士になるために生まれてくる。
なので、碧の瞳も蒼い瞳も世界にはあまり存在しない。このちいさな村で生まれ育ったアーサーも、碧の瞳も蒼い瞳も見たことがなかった。
他人では、という話だが。
どういうわけか、アーサーの瞳は深い碧色をしていた。父も母も、兄たちすらそんな色はしていないというのに、たったひとりアーサーだけがだ。しかも家族でたったひとりだけ、あふれるほどの魔力も備わっていた。
生まれてくる場所が悪かったのだとだれかが言った。たしかにそのとおりだなと、アーサー自身も思っている。
この村は碧色の瞳を持つ者を憎み、嫌っている。だからアーサーは村の人間だけではなく家族からも嫌われ、薄暗く冷たい幼少期を送ったのだ。家族も友人も優しい隣人も、アーサーにはなにひとつなかった。
このままこの村でなにもかも終わってしまうのだろうか。憂鬱にそんなことばかりを考えていたアーサーに転機が訪れたのは、精霊たちと過ごすために頻繁に足を運んでいた村のはずれの森でだった。
魔物も出るからと村の人間すら訪れないその森に、ひとりの人間がやってきたのだ。名前は菊。なにかを探していて、旅をしているらしかった。
初めてきちんとアーサーの声を聞いて、答えてくれる相手。それが嬉しくてアーサーは旅をしている菊を引きとめていろいろな話を聞かせてもらった。
そこでアーサーは初めて、世の中には自分以外にも碧色の瞳を持つ者がいることを知った。それだけではない。外の世界では、碧の瞳というだけで迫害の対象ではないということも教えてもらった。しかも、言い伝えの中でしか聞いたことのない蒼い瞳の人間も、この世界にきちんと存在して息をしているらしい。
驚いた。世界は自分が思っているよりもずっとずっと広いのだと知った。そして、どうせこんな場所で腐るのなら、もっといろいろなことを観て、感じて、そして終わりたいと思ったのだ。
旅に出ると言うと、家族も村の住人も嬉しそうな顔をした。厄介事がひとつ消えると素直に思ったのだろう。
傷ついたりはしなかった。アーサーもこの心ない村人の住む村から解放されると思っていたので、きっとおあいこなのだろう。
そうしてアーサーはとくに当てもなく村を出て、歩きだした。精霊や妖精から話を聞き、興味がある場所へ向かう。なにも強制されない気ままなひとり旅は、思っていたよりもずっと楽しかった。
栄えている町の図書館でたくさん魔道書を読んで魔術の勉強もした。モンスターを倒して経験を積み、冒険者ギルドで仕事を請け負い金銭も稼いだ。たまに顔を出す酒場で気の合う人間と楽しい話をすることもできた。
なにより、外の世界に出て自分とおなじように碧色の人間にもあった。女性だったが、とても快活で美しく、アーサーの瞳を見て「それだけ色が深いと、魔力も高いんでしょうね」と教えてくれた。そして彼女はアーサーと自分のほかにも、もうひとり、碧色の瞳を持つ人に会ったことがあると言っていた。
世界は自分の知らないことであふれている。まったく特別ではなくなった自分の碧色の瞳とおなじ物を持つ人間がほかにもいるというのなら、探してみたいと思った。
旅に目的ができて一年ほどしたころ、ある町で懐かしい人物と再会した。
菊だ。アーサーにいろいろなことを教えてくれた人。彼のおかげで、あの陰鬱な村を抜け出すことができた。それを伝えると、菊はすこし眉を下げながらも嬉しそうに微笑んで「お役に立てたようで嬉しいです」と言ってくれた。
そんな菊は、ここで人と待ち合わせをしているらしい。紹介するというので一緒に待っていると、ひとりの男がやってきた。
その男を見て、アーサーはかなり驚いた。
村では英雄と言われていた、蒼い瞳をしているのだ。しかも、突き抜ける青空のような明るい蒼色。数年ほど旅をしてきたアーサーだが、蒼い瞳の人間にあったのはこの男が初めてだった。
男の名前はアルフレッドと言った。これが菊の友人のアルフレッドとの出会いだ。
アルフレッドは蒼い瞳をしているだけに、とても勇敢な性格をしていた。ちからも強く、たしかに有能だ。けれど自由奔放で言動が子どもっぽく、かなり自分勝手な男だった。
そんないい加減なヤツだが、どうにも憎めない雰囲気をしている。そのおかげか友達も多く、彼と町を歩けばいろいろな人が声をかけてきた。
忌み嫌われた自分とはまったく違う。だれからも愛されるその姿は、アーサーの胸の中の柔らかいところをほんのすこし傷つけ、妬ましい気持ちにさせた。
それからなぜか、男はよくアーサーに声をかけてくるようになった。
明るく能天気で人当たりの良い男とアーサーは、どう大目に見ても相性が良いとは思えない。アルフレッドが陽ならアーサーは陰だ。正反対で、対局で、対角線上の場所で生きているといってもいいくらいである。当然のように性格も会話も合わない。
なのに、アルフレッドはよくアーサーを連れ出す。アーサーのことを根暗だとかこうるさいとか文句を言うくせにだ。
変な男だが、一緒にいればよくわかる。彼はどこに行っても愛され、そして差別することなく困っている人を見つけるとすぐに駆けつけて手を貸していた。できるだけ人とかかわらないように生きているアーサーとは、生き方すら違う。
どこに行ってもアルフレッドは『特別』だった。アーサーとはまったく逆の『特別』だ。
アルフレッドと行動を共にし始めたころは、そんな彼に感心するばかりだった。けれど一緒に過ごす時間が増えるうちに、アーサーの心にはどろどろとした感情が沈殿するようになった。
瞳の色が違うだけで、どうしてアルフレッドはこうも愛されるのだろう。そしてどうして自分は、こんな色の瞳に生まれてしまったのだろう。
こんな忌々しい碧色の瞳にさえ生まれていなかったら、アルフレッドのような『特別』になれていたのだろうか。そしてあの生まれ育った村でも、ほかの子どもたちのように幸せに暮らせたのだろうか。
そんな考えてもしかたがないことを想像するようになった。
そして、いつしかそれは心の中で想像するだけでは押さえられなくなり、ふとアルフレッドに言ってしまったのだ。
「俺もおまえみたいな瞳の色に生まれたかった」
アーサーとしてはかなり切実な願いだったのだが、それを聞いたアルフレッドはおかしくてたまらないとばかりに大笑いをする。
「きみが蒼い瞳に生まれてても、きみはきみだろう?」