パロ詰め合わせ1
その言葉は、アーサーの耳に「瞳の色など関係ない。おまえはたとえ茶色の瞳に生まれていても嫌われ者だ」と言われたように感じた。キッとアルフレッドを睨みつけるが、彼はいつもの晴れやかな笑みを浮かべてこちらを見ていて、その考えが自分の被害妄想だとすぐにわかる。
「……でも、蒼い瞳になれば、俺だっておまえみたいに」
「俺みたいに?」
おまえみたいに、生きていけるんじゃないかと思って。と、アーサーはぼそぼそと呟く。
これにはアルフレッドも笑みを収め、考え込むように首をかしげた。そして沈黙すること数秒、まっすぐにアーサーを見つめて言う。
「やっぱり、瞳の色とか関係ないよ。たとえ俺が蒼い眼をしていなくても、きっと俺はいまの俺だぞ」
「そうかもしれないな。……おまえはきっと『特別』なヤツなんだろうし」
皮肉をこめて言ったつもりなのだが、アルフレッドはパアと瞳と表情を輝かせて嬉々とした気配を全身から漂わせる。
「いいね! 特別ってなんだか最高に良い響きじゃないか!」
「そうか? 俺には嫌な言葉に感じるけどな」
「ええー、どうしてだいっ! 特別ってすごいじゃないか! キラキラしてて、すごく良い言葉じゃないか」
「それはおまえだからだろ」
アーサーにとって『特別』というのは、痛くて苦しくて悲しい、そんな感情を連想させる言葉だ。しかし、アルフレッドにとって『特別』とはキラキラしているものらしい。
アーサーが冷たく言えば、アルフレッドは不機嫌そうにぶうと頬を膨らませた。
「納得いかないぞ! 特別っていうのはキラキラしてるものさ! いつか絶対きみにも認めさせてやるんだからなっ」
ふん、と鼻息を荒くして胸を張る。絶対にそんなこと、この先にないだろう。アーサーは苦笑いを浮かべて話をそこでぶつりと切ってしまうことにした。
なにからなにまで正反対な男だ。こういう些細な違いを見つけるたびに、ほんとうにこの男とどうして一緒にいるのかと思ってしまう。
しかし、都合が合うのかなんなのか、アルフレッドとはよく一緒に行動した。依頼が済んで町に戻って別れてもギルドに行くとまたアルフレッドに会い、けっきょくは一緒にでかけることになる。
そんなある日、アルフレッドがすこし遠出しなければならない依頼を受けた。さすがにひとりでは行けず、正式にアーサーと菊へ同行の依頼をしてきた。
とくに仕事の依頼を受けていなかったアーサーは快諾したのだが、菊は私用があると言って断っていた。アーサーと知り合ったころから、菊はなにか目的があってひとりで旅をしているようだった。最近でこそよくギルドで見かけるが、何カ月も顔を見ないことも多々あるのだ。
そんなわけで、遠方のその場所までアルフレッドとのふたり旅になった。性格が合わないながら一緒にいる時間が長い相手ということもあり、道中はなかなか良い感じに進めた。いつもは喧嘩をすることも多いのだが、長い期間ふたりきりということもあってお互いにきちんと気をつけていたのが良かったのだろう。
どこに行くのかを事前に確認していなかったのだが、目的の場所はアーサーの故郷の傍らしい。村に行くための小道を曲がらずにそのまままっすぐに進んだ先が、今回の依頼の場所らしい。
帰りたいとは到底思っていないが、やはりここを行けば故郷にたどり着くと思うと足を止めてしまう。
分かれ道に立ち、まっすぐ続く茶色い砂利道の先をずっと見つめていると、隣にいるアルフレッドが首をかしげた。
どうかしたのかと聞かれたので、素直に故郷があると教えると、彼は瞳を輝かせて「せっかくここまで来たんだし、行こうよ!」とはしゃいだ声をあげる。それにアーサーは首を振って「行きたくない」と答えた。良い思い出のない場所だ。それに、アーサーが出て行くと言ったとき村人たちは全員ホッとしたような、嬉しそうな顔で「さっさといなくなればいいと思っていた」と口々に言っていた。帰っても喜ばれはしないだろう。
隠しても仕方がないことなので、アーサーは自分の生い立ちをアルフレッドに話すことにした。依頼場所に行くまでの道中で、良い暇つぶしになるだろうとも思ったのだ。
生まれてからのことはアーサーにとってはいまさらなことなので軽い日常会話のつもりだったのだが、話せば話すほどにアルフレッドは表情を曇らせた。
いまさらながら、自分の生い立ちはあまり恵まれたものではないのだなと改めて思う。
アルフレッドはやはり彼が言う『特別』という言葉通り、生まれ育ちも幸せなものだったらしい。自分が話したのだからと彼のことを聞けば楽しそうな幼少期の話が聞けて、アーサーも嬉しくなる。
そんな話をしたからか、アルフレッドとの距離がすこし近づいた気がした。アルフレッドはアーサーが後ろ向きな発言をしても根気強く話を聞いてくれるようになったし、価値観の食い違いもお互いに「仕方ないね」と笑えるようになった。
長い道中だったが、実りあるものだったと思う。アルフレッドとも仲良くなれたし、依頼の内容もそれなりに楽しめるものだった。
そして依頼もなんとか終わらせて、おなじ時間をかけてギルドのある町までもどっている最中のことだ。
アーサーの故郷へとつながるあの分かれ道で、菊とばったり会った。話を聞けば、村ではなくそのもっと向こうにある森に用があったらしい。
ならばいっしょに帰ろうとアルフレッドが誘うと、菊は首を振って「まだ行かなければならないところがある」と言って申し訳なさそうに断る。付いて行きたいところだが、ギルドに依頼の完了の報告に行くまでが仕事だ。アルフレッドに雇われているアーサーも勝手に抜けるわけにはいかない。
ここで別れるしかないようだ。去っていこうとする菊の背中を見送っていると、ふと彼が足を止めてこちらを振り返った。
そして彼は言う。アーサーの故郷の村が、ドラゴンに襲われた、と。
これにはアーサーも驚いた。貧しくはないが裕福でもないあの村を、ドラゴンが襲うことがあるのかと。そんなアーサーをよそに、菊はさらに続けた。
この村に魔術師がいれば、早い段階で防護壁を作れたのでドラゴンに村を壊されることもなかったのにと村人とお話をしてきたところだったんです。なんでもないことのようにそう告げて、菊はほんのりと笑って歩いていった。
魔術師を迫害してきた村だが、菊の話を聞いて村人たちもすこしは心が変わっただろうか。自分がもどることはないが、魔術師を雇って村に住んでもらい、そうしてあの村の差別意識がなくなればいいなと思う。これから先、アーサーのような存在があの村に生まれたときに幸せになれるように。
そんなことを考え込んでいたアーサーの腕をアルフレッドがつかんだのはそのときだ。彼は真剣な表情で「村に行ってみよう」と言った。
すかさず「嫌だ」と叫んだが、アルフレッドがアーサーの言うことを聞きはずもなく、引きずられるようにして村への道を進む。
バカ力のアルフレッドにかなうはずもなく、アーサーはそのまま村へと連れていかれた。そして数年ぶりに故郷の村を見て、なんとも言えない気持ちになる。