二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

死人に口なし

INDEX|2ページ/12ページ|

次のページ前のページ
 

邂逅@静雄


 その日、平和島静雄は嫌なものを見た。

 ゴールデンウィーク明け、快い気候とは裏腹に、静雄の気分は低迷していた。下校途中の静雄の進行方向で、チンピラ風の男が三人、男子学生に詰め寄っているのが見えたからだ。
 どうせカツアゲか何かだろう。静雄は無視して通り過ぎようとした。助けを求められればやぶさかでもないが、その可能性は無さそうだ。背の高い男の影に隠れて顔は見えなかったが、制服からして同じ学校の生徒のようだった。静雄のことを知っていれば、声などかけられないだろう。
 静雄は自分から助けに入るほど正義感が強いわけでもなければ、好戦的でもない。それ以前に、自分の力を制御できない静雄は、からまれている生徒まで怪我をさせてしまうかもしれない。そういった失敗の経験は、嫌というほど積み重ねてしまったので、静雄は他人の揉め事には首を突っ込まないことに決めていた。
 しかし、そんな静雄の胸中を裏切って、学生は静雄に声をかけた。それは確かに助けを求める調子だったが、それが耳に届いた瞬間、静雄は耳を疑った。声をかけられたことにではない。
「シズちゃん!」
 その声に、そして特徴的な呼び方に、アスファルトの模様を追っていた静雄の目は、ようやく学生の姿を捉えた。静雄が最も嫌悪している、折原臨也の姿を。

 無視して行ってしまえれば良かった。しかし、その声はいつもに比べて、あまりにも親しげな雰囲気だった。まるでただの友達に呼びかけるように。静雄がそう思ったぐらいだから、チンピラ達にははっきりとそう聞こえただろう。これが異常なことだと知っているのは、この場では静雄と臨也だけだった。
「何だよ? オトモダチかぁ?」
 チンピラの一人が静雄を睨めつけた。
「今大事な話してるからよぉ、あっち行って――」
 チンピラは最後まで言い切れなかった。地面と並行に吹き飛び、壁に叩きつけられたからだ。壁を伝い落ちる男の体とともに、ひび割れた塗料がぱらぱらと剥がれ落ちた。静雄は前に突き出した拳を下ろしながら、搾り出すような低い声で言った。
「そいつは友達じゃねぇ……!」
 静雄の言葉は、既に意識が暗転していた相手には届かなかった。静雄の言葉を聞き取ることができたのは、臨也だけだ。他の二人は目の前の出来事に呆気に取られ、信じられないように砕けた壁を見ていた。
 その光景に唯一慣れていた臨也は、不意打ちで近くにいた一人の米神を殴りつけた。手加減無しの急所への一発は、鈍い音を立てて相手を地面に転がした。臨也が演技じみた仕草で、殴りつけた手を誤魔化すように振る。
 三対一の攻勢のはずが、突然一体二になって、残りの一人はうろたえた。一瞬の躊躇を経て、より弱そうな臨也に狙いを定める。男は隠し持っていたナイフを振りかざしたが、臨也はそんな思考を読んでいたかのように、最初の一閃を愛用のナイフで受け流した。しかし、それ以上は応戦せず、第二撃を軽く避けて静雄の背後に回った。
 思わず静雄と対面した男が最後に見たのは、振り下ろされる直前の静雄の拳だった。

「いやぁ、助かったよ。いきなりからまれちゃってさぁ」
 地面に倒れ伏す男三人に囲まれて、臨也がいつも通りの薄ら笑いを浮かべた。既に静雄からは距離を取っている。
「助かる? いや、助からねぇよ。何で俺まで巻き込んでんだテメェ……!」
 怒りに口元を歪めながら、静雄が答えた。米神に青筋が浮き上がる。その怒気に密かに冷や汗を流しながら、臨也はくるりと踵を返した。
「悪いけど今日は忙しいんだ! じゃあね!」
 臨也は言い捨てるやいなや、脱兎のごとく駆け出した。直線上にいた男の背を遠慮なく踏みつけ、意識の無いままの男から奇妙な声が上がる。臨也はそのまま、狭い路地裏に身を滑り込ませた。
 静雄は、迷わず後を追った。臨也は見かけによらず、かなり足が早い。静雄も決して遅くはない、むしろ早い方だったが、所詮は我流の走りだった。持久戦に持ち込めば静雄に分があるが、このように死角の多い路地では、圧倒的に臨也が有利だった。

 しかし、さほど時間もかからずに、静雄は臨也に追いついた。何故なら、通路の角で臨也が立ち止まっていたからだ。静雄は不審に思いながらも速度を緩めた。嫌な臭気が立ち込めている。静雄は、一種の予感めいたものを感じながら、ゆっくりと臨也に歩み寄った。臨也は静雄の接近を許し、じっと立ち尽くしている。静雄は、動かない臨也の横から通路を覗き込んだ。

 まず、色彩が目に飛び込んだ。赤だ。あまりにもそれ一色だった。静雄が理解しようと脳をフル回転させていたら、不意にそれと目が合った。それには、目が付いていた。見開かれたそれは、血に汚れてどろりと濁っている。
 そこまで認識して、静雄の思考はフリーズした。視線をそらすことも出来ず、微動だにせずにそれを直視した。日常的に暴力を振るってきた静雄だったが、人を殺したことは無い。死体を目にしたのも、これがはじめてだった。
 静雄が想像していたよりも、ずっと生々しかった。

 硬直していた静雄だったが、不意にバランスを崩して倒れこんだ。視界に赤が広がる。遠ざかる足音を頭の隅で聞きながら、静雄は起き上がろうと手を付いた。手応えが妙に柔らかい。静雄の鈍くなった思考回路は、ようやく自分が死体の上に倒れこみ、それに手を付いたのだと理解した。静雄は無意識に口を開いたが、そこから声が上がることは無かった。粘つく血が絡む。死体は、まだ温かかった。


作品名:死人に口なし 作家名:窓子