欠けた彼女と混濁した彼と
局地的な戦争と混濁した彼と
「ノミ蟲!! 手前は池袋に来るんじゃねえって何度言わせりゃ気が済むんだ! 消えろ、今すぐ消えろこの世から消え失せろ死ね殺す!!」
「シズちゃんさぁ、毎回同じこと言ってて飽きない? それとも飽きるって感覚が高次過ぎて分からない? 嫌だなあ、これだから化物は嫌なんだ。脳に皺もないくせに生命力ばっかり無駄に高くて! 早く滅びれば良いのに」
「いぃーざぁーやぁー!!」
池袋は今日も平和からは遠かった。いつも通り他人の内情を引っ掻き回して遊んだ帰りの臨也と、仕事が立て込んでいた上に捗らなくてこんな時間まで働かされていた不機嫌な静雄が遭遇、戦争の一つも起ころうというもの。故に道路標識は拉げ、自動販売機は宙を舞い、路傍駐車されていた車はもう使い物にならないだろう。何が原因でそうなったのかを考えなければ立派に戦争地帯だ。そんな世界的に見ても安全な日本国内で何故か発生した戦場で、現在の唯一にして最大の救いは時間帯である。深夜0時前、通りに面しているこの場所にすら凡そ人がいない。数少ない通行人にとっては災難から逃げ易いので幸い、戦争の原因(というより主に静雄)にとっては人殺しの恐れなく戦争に没頭出来るので幸い、そしてもう1人の参入者にとってはこれから起こすことが人目に触れないので幸い、と三者三様に好条件だったのである。
ゴォ、と音を立てて青白い炎が両者の間を壁のように通り抜けた。あまりの熱に静雄ですら炎から距離を取り、臨也は突然の灯でほんの一瞬だが視界を潰された。地面が黒く熱を持ち、ゆらゆらと陽炎が立ち上るのを見て、直撃していれば死んでいたなと思わずにいられない。戦争している相手が死んでくれていれば、と思ったがそんな都合の良いことは起こっていなかった。隠しもせず舌打ちする。
「動かないで下さい」
そこへ聞こえた声にそちらを向けば、来良学園の制服を着た少年が手の甲で口元を拭っていた。
「は……?」
こんな時間に制服、と訝しげな顔をしていると少年はズイ、と何かを彼等に向けてくる。
「謝って下さい」
見ればそれは割れた酒瓶だった。恐らく静雄が投げた何かしらの物体に当たったのだろうが、日付も変わるという時刻に制服姿の少年が酒瓶を持って出歩いているというのもどうなのだろう。
「久し振りの楽しみだったんです、仕事が明けたら飲もうって」
しかも何やら未成年にあるまじき発言をしている。
「法律で未成年の飲酒は禁止されてるよ」
「貴方の口から法律なんて言葉が出てくるとは思いませんでしたよ、銃刀法違反さん」
手にナイフを持っていた臨也の発言は切って捨てられた。
「身体壊すぞ」
「公共物を破壊しまくった人に身体の心配をされる覚えはありません」
折った標識を手にしている静雄の言葉も同じ結果に終わる。言っていることは尤もなのだが静雄は少年の態度にピクリと眉間に皺を寄せた。
「坊主よォ、年上にその態度はねえだろ」
しかし少年は冷ややかに返す。
「敬うべき方へは相応の態度で接しますよ、年上だろうとそうでなかろうと」
「ああ゛!?」
ビキ、と静雄の額に青筋が浮いたが、少年は話しにならない、と逃げる機会を窺っていた臨也の方へと話を振る。
「そちらの方、謝る意思はありますか?」
「それ割ったのシズちゃんじゃないの」
「こういった惨状が出来るそもそもの原因は貴方だと聞き及んでいます」
「言いがかりだよ、根も葉もない噂」
「岸谷新羅さんからですよ、折原臨也さん」
「……、あっそ」
「謝罪の意思はないと取りましたが、宜しいですね?」
「別に」
そうですか、と酒瓶を名残惜しげに抱える少年に今度は臨也から質問を投げる。
「それよりさっきの何? もしかして君も化物?」
質問と同時にナイフも投げつけると少年は飛んでくるそれに向かって、ふ、と息を吹きつけるような動作をする。ナイフは溶けるとも崩れるともつかない形容でその形を失った。
「化物の定義が分からないので返答しかねます」
充分に化物と思わせる言動だった。臨也に見切りをつけた少年は再び静雄へ話を振る。
「平和島静雄さん、謝罪するつもりはありますか」
どこか高圧的な態度にいい加減我慢ならなくなったらしい静雄は少年へと標識を振りかぶる。少年はトン、と地を蹴って跳び上がりそれを躱わす。落ちてきたところを仕留めようともう一度振るうも、それは当たらない。少年は未だ宙にいて、随分と緩やかな速度で降下する。
「手前、何者だ」
音もなく、重さを感じさせずに地面へと下りた少年へ威嚇するように静雄は唸る。
「残念ながら僕を受け入れてくれる分類範疇がありません」
「つまり人間じゃない、と」
臨也が予備のナイフで斬りかかる。少年は鱗の生えた掌でそれを防ぐが、しかし圧し負けて尻餅を着く。
「それなら化物だ、シズちゃんより言葉は通じそうだけど」
呼び名に反応して、今度は臨也へと標識が振り下ろされる。それを軽々と避けて臨也は笑う。
「いろいろ驚いたけど、弱そうだね。シズちゃん相手に生き残れるかな?」
理想は共倒れだけど、と捨て台詞を残して臨也は逃げていった。少年は起き上がるよりも臨也の逃げた方を睨みつけ
「 呪われろ 」
ボソリと呟いた。途端、ゾゾゾ、と何かが蠢いて夜の影に溶け込んでいく。静雄にはそれが何なのか見えてすらいなかったが、薄ら寒い気配を感じ取って、ジリ、と後退した。
「……謝るつもりはありますか?」
起き上がりながら少年は静雄へ言う。それでも許せないものは許せない。
「その態度をどうにかしろ、そしたら謝る」
その台詞に少年はいっそ呆れたようだった。
「僕は貴方より年上ですよ、証人もいます。呼びますか?」
そうして呼び出されたのがセルティで、少年としか思えない外見の帝人の実年齢が100歳近いことを知り、日付も変わった池袋にマジでか!? という静雄の叫びが木霊することになる。
「ところで何で来良の制服なんか着てんだ?」
「何かあっても噂では来良の生徒が、ってなるでしょ?」
『制服マジックというやつか』
「あと友人が来良にいるので潜入するのにもこれが丁度良いんです」
「なるほど」
『15歳だしな、身体は』
「友人にはお茶目ジジイって言われました」
『私からすればまだまだ若いぞ!』
「ですよねぇ」
『そういえばここに来る途中で見た臨也に何か取り憑いてたけど、アレは帝人か?』
「あ、ちゃんと憑いてましたか。良かった」
「どうなるんだ?」
「意味不明の言葉を口走ったり、妙な動きをしたり」
『普段と大差なくないか、それ』
「酷くなると高熱が続いたり、毎晩のように悪夢に魘されたり、とにかく衰弱します」
「ザマァミロ」
『ザマァww』
「でも解呪されると蛇蠱が消えるんで、気づかれる前に回収したいんですよね」
『えー』
「大丈夫だろ、気づかれなきゃ」
誰も臨也の味方をしなかったという。
作品名:欠けた彼女と混濁した彼と 作家名:NiLi