欠けた彼女と混濁した彼と
混濁した彼の昼と夜と
昼 来良学園・屋上にて
「お前、七不思議みたいになってんぞ。何だよ『屋上の太郎さん』て」
「竜ヶ峰帝人、なんて名乗れないから田中太郎って」
「逆に怪しいって、その名前。ところでその瓶は何だ」
「主食」
「学校に酒持ち込むなウワバミジジイ! 俺にも寄こせ!」
「言ってることがおかしいよ」
まだ授業残ってるじゃないか、と帝人は酒瓶を正臣から遠ざける。平和ボケした学生の日常に見えないこともないが、1人は学校にいながら生徒ではなく、関係者でもなく、そもそも人間ではない。
竜ヶ峰帝人は蛇妖の肉を食って不老となった元・人間で、人間でも人外でもないという随分とややこしい存在だ。不老の彼は15歳から外見が変わっておらず、現在齢90歳を超え、蛇が混じっているせいかとんでもない大酒飲み、ウワバミジジイとはなかなか的を射ている。
そう表現した紀田正臣も完全な人間ではなく、微々たるものだが人獣の血が混ざっている。帝人を人間でも人外でもないとするなら、正臣は人間でも人外でもあるということになるだろう。本来ならば血の薄さに比例して他の人間と大差はない筈だったが、彼は先祖返りを起こしている。未だに混血だという自覚すらしていない両親に比べるとかなり人獣に近い。条件さえ揃えば先祖たる人獣と同等の能力を使えることも分かっていて、普段は条件が揃わないようにして人間に紛れている。こうして特に問題なく学校生活を送っていられるのも、例外を除く周囲に彼の素性がバレていないからだ。
「そういえば三ヶ島さんは?」
「何だ、沙樹が気になるのか? やらねーぞ」
「正臣と一緒じゃないからどうしたのかなって」
その例外の1人が三ヶ島沙樹で、例外の中では珍しく完全な人間、しかも一般人である。彼女は俗に言う見える人で、正臣が人獣の先祖返りということを知っていてそれでも恋仲でいる。中学の頃から付き合っているらしく、正臣から紹介された帝人が冗談混じりに、このまま正臣を貰ってやってね、と言ったところ彼女は大真面目に、はい、と返した。当面、破局の心配は要らないだろう。
「杏里連れて後から来るってさ」
「園原さん、ちゃんとやってる? いじめられてない?」
「お? 紫の上計画?」
「セルティさんと赤林さんに宜しく言われてるの。正臣は色ボケし過ぎ」
園原杏里という少女もまた例外の1人で、彼女は人間ではないが人間となるように造られた、いわば人形、ヒトカタだ。約5年前に園原堂で赤林に発見され、人間でないならば、と当時既に都市伝説化していたセルティ・ストゥルルソンに一報があり、彼女と手紙のやり取りをしていた帝人が池袋周辺で最も力があるだろう人外の混血である張間家を紹介した。そこで令嬢の美香の友人として学生に紛れ込んだところまでは良かったのだが、妖鳥の血を引く美香はとてつもない情熱家で、想い人を追うのに周りが見えなくなる性格だった。高校に上がってからの彼女が保護の役割を下りたため、現在は正臣が校内での面倒を見ている。
「あー……。3人くらいに絡まれて、先公にセクハラされてたな」
「分かった、赤林さんに連絡するね」
「社会的に殺る気だな!?」
「じゃあセルティさん?」
「フツーに死亡フラグ!!」
「……仕方ない、僕がやるか」
「赤林さんでお願いします」
せめて人は人の手で、と目を逸らす正臣の横で、帝人は携帯電話を操作し始めた。
夜 粟楠会事務所・応接室
「学校に通わせるのは拙かったでしょうか」
少年は手札の一枚と場にあった札とで合札にして、山札から引いた一枚とで更に合札を取る。
『教師が生徒にセクハラするなんて、本当に世も末だな』
女も手札と場札で合札を取るが、山札から引いたそれは捨て札となった。
「その教師、うちから借金してるんだよ。まあ今回は都合が良いかもね」
男は手札から一枚捨てて、山札と場札で合札にした。
「今更退学させるのも気が引けますし」
『本人も学校自体は好きだって言ってるし』
「じゃあ片付ける方向で。……赤短、下げ」
各々に順番が回ってくる度に言いながら札を取ったり捨てたりする。
「教員はそれで良いですけど、生徒の方は様子見ですね」
『粟楠会と関係してる、なんて噂になると要らない波風が立ちそうだしな』
「悪かったねぇ、ヤクザな商売で」
座り心地の良いソファとガラス張りのローテーブルで、来良の制服を着た少年と、首から上の存在しない女と、サングラスをした男が花合わせに興じている。その光景に事情に詳しくない粟楠会の関係者はどういう組み合わせだ、と首を捻る。
「……あ、素十六、揃いました」
『げ!?』
「下げなよ」
「下げません」
『うわあぁあぁー』
「何でおいちゃんが下げた後に揃えるかねぇ、しかも絶場で」
「手役が空巣だったのでいけるかな、と」
『本当にやるなよ』
「……下げなきゃ良かった」
しかも最年少に負かされている(ように見えた、彼らには)。
「分かってると思いますけど、次も絶場ですから」
『もうイヤだ!! 絶場に限って帝人が勝つんだ!!』
「もうおいちゃんの持ち点ないよ」
「逃がしません、12回まであと7回ありますから」
容赦なく札を切り始める少年に大人2人が悲鳴を上げる。
妙な展開にその場にいた本人達以外がどうすれば良いんだ、と互いに目を合わせては逸らす、という意味を成さないやり取りを繰り返していた。
作品名:欠けた彼女と混濁した彼と 作家名:NiLi