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恋とはどんなものかしら

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これを言われてしまった後だと、今更、まだ残って練習をするからと言い訳をするのでは、いかにも忍足と二人になるのが嫌だと言っているようで、実際にそうなったとき、忍足がどんな顔をするのかまで思い浮かんでくる始末だった。
結局、跡部は様々な感情と数十秒葛藤した末、こちらを見ている跡部の視線を感じながらも振り返ることができないまま、こくりと頷いたのだった。

当然のことながら、部室の中は真っ暗で誰もいなかった。
部室に入って、跡部はまず蛍光灯のスイッチを入れると、まっすぐに自分のロッカーに向かう。忍足はその後に続くようにして部室に入った。

独りでに閉まった扉の音が、思いの外大きく響き、跡部はつい反射的に振り返ってしまった。
するとそこには、きょとんとしてこちらを見つめ返す忍足がいて、跡部は狼狽した。
その動揺を悟られまいと、キッと睨み付けて、再び踵を返した。が、その背中に忍足が無遠慮に問いかける。

「そんなビビらんでもえぇやん。何もせぇへんて」

やれやれと肩をすくめるようなその響きに、跡部はカッとなって足を止めた。
辛うじて振り返らなかった自分をほめてやりたいくらいだったが、怒鳴りそうになるのを押し殺しながら跡部は眦を吊り上げた。

「誰がビビってるだと……?笑えねぇ冗談だなぁ、オイ」
「気ぃ障ったんやった謝るわ。でも。何ちゅうか、こんな風に気まずくなりたくて言うたんとちゃうし、もう少しいつも通り普通にしてほしい。……ていうんは、やっぱり俺の勝手やろか」

わかっているじゃないか、と跡部は今度こそ怒鳴ろうとした。
けれどまたその瞬間、自分の背中に向かって話しかけている忍足がどんな顔をしているのかを思い浮かべ、気づけばまた口を噤んでしまっていた。
泣きそうな声だった、と少なくとも跡部は感じた。
それがどうした泣きたいのはむしろこちらの方だ、と言ってやればよいものを、ただの想像だけで胸がキリキリと痛む始末だ。
情けないし、不甲斐ない。こんな風に他人の一挙手一投足に振り回される自分など知らない。考えるほどに、本当に泣きたくなるくらいの最低な気分だった。

「―――シャワー浴びてくる」

それだけをどうにか言い残して、跡部は忍足の視線を振り切った。





それは暮れなずむテニスコート脇でのことだった。
すぐ隣で座っていた忍足が急にぽつりと呟いた言葉に、跡部は何かの聞き間違いではないかと自分の耳を疑った。跡部の無言の眼差しにそれを察したのだろう、忍足は少し困ったようにほほえんで、次の言葉を探しあぐねているように見えた。

このまま続きを待っていてもいいものか、という思いが不意に動かない頭の片隅を過ぎった。
それは某かの直感だったと言ってもよかった。そしてその直感は、結果として正しかったのだ。おかげで、なぜこのとき待たずにすぐ遮ってしまわなかったのかと、繰り返し後悔する羽目になった。

「跡部のことが好きや」

そのとき、二人の側には誰もいなかった。忍足の口唇が小さく、だがはっきりとその一言一句を紡ぐ形を、跡部は見てしまった。
今度こそ、聞こえなかったという言い訳も、聞き間違えたと誤魔化すこともできそうになかった。忍足の言葉が単なる親愛の情を表現したものでないとするなら、行き着く答えは一つでしかない。

――――だから、何だって?

行き着いたのはいいが、その先がない。行き詰まりも行き詰まり、袋小路のどん詰まりだ。

「そんな顔、せんといて」

忍足はやはり困ったように笑って言った。その表情に、跡部は無性に腹が立った。

「どんな顔だって言うんだよ」
「………」
「意味わかんねぇ。何で今、ここでなんだ」

脈絡も何もあったものではないではないか。たまたまコート脇に立っていて、そこに忍足がふらりとやってきた。あぁ隣に来たな、と思いはしたものの、振り返って声をかけるのも億劫だった。忍足の方もそういう気配を見せなかった。二人の間に沈黙があった、という表現は、そもそもその距離さえ認識していなかったのだから正確ではない。そこからどうして突然そんな言葉が飛び出してきたのか、跡部には全く理解できなかった。
だが、跡部の思いとは裏腹に、忍足の横顔はひどく呑気なものだった。

「さぁ……、それが俺にもさっぱりやねんなぁ」

無責任にもそんなことをのたまい、跡部は再度我が耳を疑うことになった。冗談だとしたら犯罪級の悪質さだ。忍足はそんな跡部を見て、肩を竦めて苦笑した。

「跡部には信じられん?」
「てめぇが俺の立場だったらどうだよ」

そう言い返してやると、忍足の苦笑が濃くなる。

「そうやなぁ……、無理かもしらん」

跡部にはそのもの言いも態度も気にくわなかった。
信じてほしいと言うならそれらしい素振りを見せてみればいいものを、忍足はそうしなかった。信じる信じないも跡部の好きにしたらいい、という調子だ。信じられないというよりも、跡部にしてみたら、信じてたまるか、という思いだった。

いつから、とか、どうして、とか、一体どんな経緯でそんな結論に至ったのか、忍足には全く説明する意志がないようだった。
跡部の方から問い質せば良かったのだろうが、そこまでは頭が回らなかった。後から考えてみれば、やはり相当気が動転していたのだ。

「それで、てめぇは俺にどうしろって言うんだ?」
「そら、普通は告られたら返事するもんなんちゃう?跡部は俺よりも慣れっこやろ、そういうの」
「今のあれのどこが普通だ」
「至って普通やろ。めっさ直球ど真ん中やん」

確かに言葉の意味だけ取ればそうだろうが、そういう問題ではない。
この状況で返事をしろなどと無茶苦茶なことを言う、と思った。そもそも返事とは何だ。好きだと言われて、イエスと答えたなら、その先はどうなる。いわゆる世間一般で言うところの恋人という類のものになり、休日にはデートをしたりするような間柄になるとでもいうのだろうか。
自分で自分の思考にぐったりしながら、それはもはや範疇外だと思った。
ありえない。あっていいはずがない。

「別に、今すぐ返事をしろなんて言うてへんで。いきなりでびっくりしたやろうしな」

例えどんな前振りがあったとしても驚くに決まっていたが、確かに唐突すぎた。
それを言い訳にしてこの場を逃れられるならそれでいいと、跡部は思わずこくこくと頷いてしまった。忍足は、少しほっとしたように微笑んだ。

「別に急いでへんし、ゆっくり考えてみて」

思えばそれが呪いだったのかもしれない、と跡部は思う。
考えてみて、というその言葉の先には、つまり最終的には何らかの回答を出さなければならない、という事実があった。跡部は自分でもどうかと思うくらい、真剣に考えたと思う。信じてたまるかと思ったはずの忍足の言葉についてここまで囚われている時点で、跡部も薄々おかしいな、ということは感じていた。だが、何がどうおかしいのかがわからない。
ゆっくり、なんて言われても、こんな煩わしいものをいつまでも抱えておく気は跡部にはなかった。

――――だから、答えがほしい。

滴る水に目を瞑りながら、跡部はシャワーコックを探して、キュッと捻った。
作品名:恋とはどんなものかしら 作家名:あらた