まだ早い夜の断片
「もうちょっと遅かったら危なかったかもな」
「ああ、……ごめん、俺が遅れたから」
席に着いて北見が周りを見渡しながら云うと、竹下は少しばつの悪そうな顔をする。そんなつもりで発言したのではなかったので、北見はえっと思わず声を上げて竹下の顔を見た。彼のばつの悪そうな顔はすねているようにも見える。北見は苦笑して、おしぼりを開けながら取り繕った。
「だから気にしてないって。おまえが忙しいのは知ってるし」
「うん、いや……まあな」
「なんかさっきから歯切れ悪いな。ほんとは忙しくて遅れてきたわけじゃないとか?」
そんなことを云いながら北見はメニュー表を広げ、それを眺める。夏休みの間、遊びにも出かけずにバイトばかりしていたおかげで、金だけはそれなりにある。そうでなくとも北見は比較的無趣味で、人付き合い以外で大きく金を使う機会はなかった。生活を贅沢にするでもなし、嗜好品といえば酒と煙草だけで、それも一人でいるときは(少なくとも煙草は)それほどやらない。だから本当は安いものにこだわる必要はないのだが、なんとなく高校時代の癖で安い串から順に選んでいってしまう。
「……まあそうなんだよな」
「へ?」
「その。部室に財布忘れちまってさ……それで取りに行ったら、ちょっとごたごたしちゃって」
「ごたごたって?」
北見はメニューを竹下に渡す。彼はちょっとそのメニューを眺めて、めんどくさいからおまえと一緒でいいや、と注文ボタンを押した。ほとんどかからずやってきた店員に、北見はメニューを見ながら数種類の串を四本ずつと生ビールを注文する。
「なんか、彼女と遊びに行くのかーとか先輩に引きとめられて、彼女なんかいないって云ってもなかなか聞いてくれないし、後輩は振られたばっかだとかで突然泣き出すし……それでまあ、なんだかんだでな」
「へえ。つまるところ、雑談してたら遅れたと」
「まあそんなとこだな。……ごめん」
「別にいいよ。おれ竹下の彼女だし」
北見の言葉に竹下は眉をしかめ、なに馬鹿なこと云ってんだおまえは、と心底嫌そうに声を上げる。