まだ早い夜の断片
「それで、後輩が振られたって話は?」
「……おまえ、そんなこと興味あるのか? 悪趣味だな。俺、あんまり喋りたくないんだけど」
「いいじゃん、人の不幸は蜜の味だよ」
「どうせすぐ自分に跳ね返ってくるぞ」
竹下はなにやら確信めいたものを秘めた前置きをしてから、その後輩の話をはじめる。どこにでもあるような話だ。割と真っ当に付き合いを続けていたカップルだったが、二ヶ月ほど付き合って、女の方が彼氏に愛想を尽かしたのか飽きたのか、突然別れを切り出してきたのだという。当然彼氏にはなんの心当たりもなく、唐突に別れ話をされたものだからびっくりしてしまって、なにか悪いところがあれば直すから、などと定番の言葉を云って彼女を引き留めようとした。しかし……。
「だってなんだか退屈なんだもん、で終わりだとさ」
「うわ」
確かに北見に跳ね返ってくる話だった。『なんだか退屈』。これは、北見が半年つきあった彼女に振られた際にかけられた言葉とほとんど同じ文言だった。それだけでなく、その後輩がつきあって別れるまでにたどった過程は、北見とよく似たものだった。北見が彼女と付き合いだしたのは大学入学後で、彼女とは大学で知り合った人間だったが、振られたときはショックでいろんな人間に相談したから、当然竹下も北見がどんな風に振られたかは知っている。知っているからあんな前置きをしたのだし、喋りたくない、などと云ったのだろう。聞かなければよかった、とまでは思わなかったが、聞かなくてもよかった、と北見は少し反省した。
「その後輩にガンバレって伝えておいてくれ……同じ境遇の男からの応援だ」
「まあ、ずいぶん悲惨な状態だったよ。おまえもひどいもんだったけどな」
「そうかあ?」
「なにがそうかあ?だ。おまえをなだめすかしたり落ち着けたりするのに、俺がどれだけ骨を折ったと思ってるんだ」
確かに竹下の云うとおり、彼女と別れたときはずいぶんな状態に陥った。なにせはじめての彼女だったのだからとにかくショックが大きかった。今となっては思い出すのもネタとして話すのもまったく苦痛ではないぐらいに昇華されたが、当時の自分にはやはり大事件だった。
「まあ、おれって繊細だからしょうがないな……お、来た来た」