ボカロの見る夢。
マスターの怪訝そうな声に、我に返った。
「アイス溶けちゃうよ?」
「えっ!?あ、はい」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
つ・・・使うのか!?このスプーンを!?
ま、マスターが、くわえ・・・あああああああああああ!!!
な、何かエロい!!変なこと想像するな、俺!!
だが、ここでスプーンを取り換えに行くのは、マスターに大変失礼なことなので、俺は、手が震えるのを何とか抑えつつ、アイスを口に運ぶ。
「美味しい?」
「お、美味しいで・・・・・・!?」
マスターの声に反応して、思わず下を向いてしまったら、マスターの顔がやけに近くに見える。
マスターは、俺の体にもたれかかった態勢で、顔を上に向けていた。
こっ・・・この態勢はっ!?
き、キスの催そ・・・うあああああああああああああああああ!!!
ち、違うから!!マスターに、その気はないから!!
勘違いするな、俺!!堪えろ!!堪えるんだ!!!
マスターの傍に、いられなくなるぞ!!!
「カイト?どうかした?」
「あ、い、いえ、何でもない、です。ほんとに。あははは」
・・・はあ。
紅茶を飲み終わると、マスターは、俺のレッスンを開始する。
マスターは、ピアノの前に座ると、
「そう言えば、学校で聞いたんだけど」
「はい」
「カイトのレッスンって、『調教』って言うの?」
ぶっ!!
「なっ・・・ななな何を」
まままマスターに『調教』とか!!そんなっ!!
そ、それも、あ・・・いやいやいやいや!!ないっ!!ないからっ!!
そもそも!!マスターが言ってるのは、歌のことであって!!
「・・・何だか、サーカスの猛獣みたい」
マスターは、ぽろんとピアノを鳴らしながら、
「カイトは、こんなに優しいのにね」
ああ・・・マスター。
そんな優しい微笑みを、向けないでください。
俺が、何を考えているか知ったら、きっとマスターは軽蔑するだろう。
そんなことは、耐えられない。
マスターの傍に、いられなくなったら・・・。
「カイト」
「はい」
マスターは、すっと目を伏せて、
「カイトが優しいのは、私がマスターだから?」
「え?」
・・・マスター?
「カイトは、VOCALOIDだから、マスターになった人の言うことは、何でも聞くんでしょう?私が、マスターじゃなかったら・・・傍にいてくれないんだよね?」
「・・・・・・・・・・・・」
「他の人がマスターになっていたら、カイトは、私のことなんて、見向きもしないんでしょう?」
言葉が、出なかった。
否定したくても、それが事実なのだと、分かっていた。
俺はあくまで、VOCALOIDであり、「マスター」に使われる道具なのだから。
マスターは、申し訳なさそうな顔をして、
「ごめん。変なこと言っちゃった。そんなこと言われても、カイトも困るよね。今は、私がマスターなんだから」
「マスター・・・」
「ごめんね。練習始めよう?まずは、発声からね」
マスターが、ピアノを弾き始める。
俺は、無理やり気持を切り替えて、ピアノの音に意識を向けた。
「はー・・・」
マスターは、今、お風呂に入っている。
俺は、リビングでぼんやりとテレビを見ていた。
先ほどのマスターの言葉が、まだ耳に残っている。
『カイトが優しいのは、私がマスターだから?』
それは、厳然たる事実で。
そのことは、俺もマスターも、よく分かっている。
それでも。
マスターは、どんな思いで、聞いてきたのだろう。
どうして、否定しなかったんだ。
それが嘘だと分っていても、マスターが求めたのなら、俺は、その思いに応えるべきじゃないのか?
それなのに。
俺は、黙ってしまった。
マスターを不安にさせた。傷つけてしまった。
俺に、マスターの傍にいる資格はない・・・。
不意に視界がぼやけたので、俺は、慌てて目をこする。
うう・・・このバカイト!!
こんなとこ、マスターに見られたら、余計心配されるだろうがっ!!
マスターの傍にいられないと考えただけで、胸が苦しくなる。
苦しくて、息ができなくなる。
マスターの元を離れるなんて、できない。
俺には、マスターしかいないのに。
「カイトー」
マスターの呼ぶ声に、俺は、慌てて洗面所兼脱衣所のドアまで走った。
「ま、マスター!?どうしました!?転んで怪我でも!?」
「ううん、大丈夫。ボディーソープがなくなっちゃったの。どこかに、買い置きなかったかな?」
な・・・なんだ。
何かあったのかと思って、焦ってしまった。
「あ・・・ちょっと待っててください。確か、この間、まとめ買いしてたはずです」
確か、マスターのお母さんが、洗剤やらトイレットペーパーやらを、まとめてしまっていたはずだ。
きっと、その中に、紛れ込んだのだろう。
収納扉の中を漁ると、食器用洗剤や洗濯石鹸に混じって、詰め替え用のボディーソープを発見する。
おお、これだこれだ。
「マスター、ありました」
「ありがとう。悪いんだけど、中まで入ってくれる?」
え・・・ええええええええええ!?
ち、違うっ!!違うぞ、俺!!
だっ、脱衣所!!脱衣所の中まで!!
バスルームじゃないから!!勘違いするな!!
洗面所兼脱衣所に入ると、カゴの中に、マスターの着替えが入れてあるのが、目に入った。
パジャマと、下着・・・でえええええ!?
み、見るな馬鹿!!完全に変態じゃないかっ!!
「カイト?」
「あ、す、すみません。持ってきました・・・」
バスルームのドアが細めに開いて、マスターの腕が出てくる。
「ありがとう」
水をはじいた白い二の腕は、驚くほど細かった。
あまり近づくと、中が見えそうだったので、俺は腕を伸ばして、マスターにボディーソープを渡す。
うう・・・見ないように、見ないように。
「あっ」
顔をそむけて渡そうとした為、手を離すタイミングが狂ってしまったらしい。
ボディーソープは床に落下して、驚いたマスターが、さっとドアを開けた。
・・・・・・・。
洗面所は、洗面台の上一面が、鏡になっている。
俺は、バスルームのドアから顔をそむけ、鏡の方を見ていたのだ。
マスターが全裸で出てきて、床のボディーソープを拾い上げる姿が、はっきりと鏡に映る。
・・・・・・っ!!!
マスターは気がつかなかったようで、さっとバスルームに戻ると、ドアを閉めた。
「ありがとう、カイト」
「い・・・いえ。どういたしまして・・・」
み・・・見なかった!!何も見なかった!!!
ばかばか俺のばか!!!
家の中にいると、熱暴走を起こしそうだったので、俺は庭に出て、外気に当たる。
い、いや、本当に、何も見てないからっ。
ゆ、湯気がっ。湯気で何も見えなかったからっ。
だが、脳裏には、マスターの肌の白さが、くっきりと残っている。
ーーーーーーーーーっ!!!
今すぐ、頭を壁に強打して、記憶を消してしまいたかった。
ま・・・マスターに合わせる顔がない・・・。
むしろ、マスターの顔が見れない。
だからと言って、変に避ければ、マスターを傷つける。
な、何で俺は、目をつぶっておかなかったんだ!!