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きみといっしょ

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また、一族一人につき一冊しか持ち得ないソレ等はある意味での身分証明だ。決して紛失・盗難の許されぬ、言わば彼等の命に等しいものだと言っても過言では無かった。

「信じて頂けましたでしょうか?」

苦い笑みを浮かべて影は自分よりも幾分か長身の男を見上げた。黙って兄の後ろで話を聞いていた少年がチョコリと顔を覗かせて人影を仰ぎ見た。

「キクさん、やっぱり本物だったんだな!」

満面の笑みを浮かべる少年のアイスブルーの瞳は、己の予想が当たった事と、未知の物に触れている事への純粋な喜びが浮かんでいた。

「なぁなぁ、兄さん!俺、キクさんの話、聞いてみたい!キクさんは悪い人じゃ無い、寧ろ凄い人だよ!なぁ、良いだろ、兄さん!」

色好い返事を期待して回答を急かす弟の顔を見下ろし、黒曜石に視線を移してから再度弟を見て、青年は溜息を吐いた。弟の見る目の確かさと自身の勘が弾き出す答えに、嘘は吐けなかった。

「そうだな。アンタは悪い人じゃ無い、んだろうな。本物だってんなら、俺もアンタの話、聞いてみたいし。」

ぎこちなく笑みを浮かべた青年は、ワインレッドを細めて人影に手を差し出した。

「?」

「なんだよ、アンタ頭良いんだからどうすれば良いか位、知ってるだろ。」

憮然とした態度で返す青年を困った様に見上げるが、一向に引いてはくれぬと人影は考え、おずおず、手を差し出した。元より東の人間は他人と接触する事を良しとしない文化が成り立っている圏内だ。幾ら知識として持っていたとしても実行に移すかは別問題なのだ。直ぐにでも引っこめてしまいそうな手をしっかりと掴み、青年は力強く握り締めた。

「俺はギルベルト・バイルシュミット。コイツの兄だ。宜しくな!」

先程とは打って変わって人懐こい笑みを浮かべる青年の本質は此方なのだろう、人影は優しく笑み、繋がる手に微かに力を込めた。

「えぇ、私の事はキクと御呼び下さい、ギルベルトさん。」

穏やかな空気の流れる対面を、少年は嬉しそうに眺めていた。







 それから暫くの間、菊はバイルシュミット家の世話になっていた。と、言うのも暇しようとする菊を兄弟が何かと理由を付けて言い包め、滞在期間を延ばした為であったのだが、貧しい彼等の家に居る菊は、端的に言えば、手の掛からぬ客人であった。

そも、現人の一族が半永続的に存在したるには幾つかの理由が存在した。先ず第一に、彼等は生きとし生ける種族が命を繋ぐべく摂取する食糧、と言うものを必要としなかった。正確に言うならば、食事はするが、その栄養源となるものが肉・魚・菜食では無かった、と言う話だ。彼等が糧とするは、世界に数多散らばる、全て。知識欲こそが彼等の生きる糧なのだ。人たる形を取りながら全くと言って良い程”人間”と掛け離れた彼等であるが故、人間に交るに不自然にならない為勿論食物を口に入れる事もある。だが先に述べた通り食べずとも生命維持には関わらぬ為、旅路における空腹の困窮に苛まれる事は滅多にありはしなかった。次に、彼等は病に伏す、と言う事が無い。彼等の胎内のメカニズムは複雑で彼等自身どうなっているのかなど解明しきれていないのだが、兎にも角にも、人で言う天寿の時が訪れる事は無い。とは言え、彼等にも死は存在する。人にあらざる構成ではあるが、骨格や包む筋肉は人間のソレと変わらない。今突発的に未曽有の天災や人災が起きれば、運悪ければ灯が消える。そして彼等は在る事が可能な地に吸収する事が無くなれば、自然消滅の道を辿る。世界の命運と共に彼等は消え逝くのだ。つまり、彼等は内的要因による死去は無く、外的要因によってのみ、存在を抹消する事が可能なのだった。そして最たるは、この童顔と、特異な繁殖方法だった。
彼等曰く、現人の民はある一定の年齢を超えてしまうと、その時点で成長が止まってしまうのだと言う。菊自身も20数年生きた時より、自身の外的成長の頃が終えたのだと言った。そんな彼等は驚く事に、女の腹から生まれたのではないのだった。何時の間にか何処かで生まれ、兄弟が増えていると。それが世の中の流れなのだと信じきっている幼少期を終え、青年期になると唐突に、自分が何であるかに気付くのだ。幼い彼等には現人としての自覚は無い。精神の成熟に従って役目を理解する。
菊は比較的発達が早く、十を過ぎる頃には自分の変異に気付いていた。そうして、ここに居るだけではいけないのだと、守られて育てられた郷を出、世界を巡る長い長い旅に身を委ねた。


 こう言った、菊を成り立たせる全てが兄弟にとって輝かしく、得難いものだった。食事は必要無いと言う菊に、食事は皆で食べるものだと眉根を寄せて言ったギルベルトは、少ない貯えの中から菊の分も捻出し、与えた。過ぎる程の待遇に菊はせめてもと、旅先で知った出来事や国を紹介するだけでなく、紙とペンを2人に与えて学を施した。字を書く事、数を書く事、世界を文化を知る事、1つずつ授けられていく知識や知恵は、2人の瞳を存分に輝かせるのだった。元より学ぶ事を切望していたルートヴィッヒは日々重量を増していく自身の脳に嬉しくて仕様が無かったし、ひた隠しにしていたようだが実はキレ者で素質の十分にあったギルベルトも、綿が水を吸う様に様々な事を覚えていった。自分の得たモノが役に立つ、その事実は、教える側である菊にも喜びを与えた。まるで、自身の子供を見ているかのように錯覚する程、兄弟の日々の成長が菊の心を満たしていった。語学、数学、科学、天文学、文化学、政治学、地学と、菊は兄弟に同じように教えた。理解力や得手不得手により進行具合に差異が出る部分もあったが、与えられた知識を存分に活用せんとペンを走らせた。
 ただ1つ、違いがあった事があるとするならば、菊は、ルートヴィッヒに決して教えなかった分野があった。軍政学である。
ギルベルトの歳の功は既に成人一歩手前で、ルートヴィッヒはその一回りは幼かった。本当ならばギルベルトにでさえ講義を躊躇った分野だ。だが、そうも言えぬ事情があったのだった。


 過去の大きな戦いを経て今に在る菊は、戦争や紛争と言った争い事を決して望まなかった。
作品名:きみといっしょ 作家名:Kake-rA