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ビリオン・センズ・ベイビー

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 安心させるように笑えば、表情のなかった顔がぶれて、涙が浮かんだ。ただ静かに泣く姿が幼く哀れで、ロイは結局その部屋を出ることにした。いたたまれなかったからだ。伸びた男は全身火傷で動けそうにもなかったが、一応猿轡をかましておいた。後で自分の副官あたりに死ぬより恐ろしい目に遭わされるかもしれないが、知ったことではない。

 一端は横にさせたエドワードだが、再び担ぎ上げればさすがに意識がもどってきたのか、う、と小さな呻き声が聞こえてきた。
「鋼の?」
「……」
 呼べば、茫洋とした瞳がこちらを振り返る。その視線にロイはどきりとしてしまった。まるで魔性の生き物にとられられてしまったかのように、魂を抜かれてしまったように、ロイは息を飲んでいた。
「…鋼、の」
 名も知れぬ娘を置いて出てきた部屋から少し離れた部屋で、ロイはエドワードを抱えて息を潜めていた。
 既に追っ手は消え、代わりに会場の方から怒号や悲鳴が聞こえてきていた。どうやら本隊の突入が始まったらしい。
 だが、合流しなければならないはずのロイは、明かりのない、誰もいない部屋の中で息を潜め、その金蜜の視線から逃れることに難儀していた。
 エドワードは一体何を処方されたのか。
 予想はつかないこともなかったが、知りたくはなかった。
 こんな風に濡れた目で見て、物ほしそうに唇を開いて顔を近づけ来るエドワードなんて、見たくも、知りたくもなかった。
 照れ隠しに頬を染めて口を尖らせそっぽを向く、その意地っ張りな背中こそ可愛いのであって、こんな風に、娼婦のように誘ってほしいなどと思ったことはない。ないはずなのに、体は魅入られたように動かず、ロイはただ目を見開いてエドワードを見ていた。
「…くそっ…」
 ロイは毒づいて、身を寄せる小柄、その手首をきつく握り締めた。少年からは悲鳴の一つもあがらない。そのまま引き寄せて、噛み付くようなキスをしても。
「…ん、…っふ…」
 鼻にかかったような声は少し苦しそうだったが、ロイは無視した。そうして唇が鬱血しそうなほどに口付けて、離して。
「――何を簡単に洗脳されてるんだ、…チビ」
 至近距離、鼻の頭を甘噛みしながら呟けば、変化は実に劇的なものだった。
 ばちばちっ、と瞬きしたかと思うと、少年の目がぎりりと釣りあがり、目に見えないような速度でパンチが繰り出されたのだ。ロイはそれをぎりぎりで避ける。
「だっれっが…、ぎゃああ! なんっだこのいかれたかっこ…!」
 怒りたいのか暴れたいのかよくわからないエドワードに、かなり流されかかっていたロイは心底安堵した。これで目を覚ましてくれなかったらうっかり最後まで流されてしまうところだった。本当によかった。…多分。
「…お説教は後でたっぷり、中尉とアルフォンスがしてくれるだろうが」
 うおおお、と転げまわるエドワードはもはや普段のエドワードだった。薬かと思ったが催眠術だったのかもしれない。あるいはその併用かもしれない。それはわからないが、ともかく無事に意識がもどったのだからよしとするほかない。
「――無事で何より」
「……」
 抱き寄せて頭に唇を押し当ててそう囁いたら、びくん、と腕の中で小柄がはねた。
「…鋼の?」
 それを訝しんで問いかけたら、な、なんでもねぇ! とやけのような答えが返ってきただけだった。


 翌朝。
 こってりホークアイ中尉と弟に絞られたエドワードは、ぐたりした顔で執務室で書類を裁いていたロイのところへやってきた。ロイだって仮眠をとっただけで実は疲労していたが、それを少年に見せるほどではない。
「どうしたね」
 わかっていて言わせるのは性格が悪い、というのは自覚しているが、今回ばかりはいじめる権利もあるだろう、ロイはそう思って、素知らぬ顔で尋ねる。
 そうすれば、いかにも機嫌の悪そうな、だがそれだけでもないような顔がロイを見た。
「…一億センズ出そうとしたって、マジか」
「…ああ、…」
 そのことか、とロイは瞬きした。別に報告した覚えはないが、誰かの供述で明らかになったとか、そんなところだろう。しかし隠すほどのことでもない。ロイは簡単に頷いて、それがなにか、とさらりと返した。そうすれば少年は憤懣やるかたなし、といった表情で絶句する。ロイは目を細めた。幾らか楽しげに。
「君の値段としては安いものだと思うけどね」
「――ばっかやろ!」
 エドワードはどん、とロイのデスクをたたいた。ロイはペンを置いて少年をじっと見つめる。
「な、なんだよ…」
「一億が十億でも、私は君のためなら支払うよ」
「なっ」
 手を組んだ上に顎を載せて、ロイは淡々と口にした。聞かされたエドワードはといえば肩を震わせて絶句している。その頬は赤い。
 ロイはじっとそんな少年を見つめていたが、片手に顎を預けると、もう片手を伸ばして幼い頬に触れた。エドワードはぷるぷると震えているけれど、逃げない。逃げられないだけかもしれないが、ロイは構わなかった。
「…でも、君は金では買えないだろう?」
 からかうようにその幼い顎をくすぐって、わずかに目を細めるとロイはそう囁いた。ぐ、とエドワードが顎をそらす。ロイは名残惜しげに指を離した。
「…あんたっ、…いみわかんね…」
 エドワードは眦を真っ赤にしてそっぽを向いた。今にも泣き出してしまいそうに見えて、ロイは一瞬言葉を選んだ。だが結局は立ち上がると、金髪の小さな頭を胸に囲ってしまった。エドワードは混乱しているのかやはり逃げない。もっとも、逃がすつもりは元からなかったが。
「君はどんなものとも、まして金となんか、けして換えがきかない唯一だ」
「…なにいってんだ」
「好きだという話だよ」
「……、…はっ?」
 エドワードは勢いよく顔を上げた。そしてそこに、真摯にじっと見つめる上司兼後見人兼同業者の顔を見つけて、息を呑む。歯の根が合わないくらいに、緊張してしまう。
「私は、君が好きだという話を今している」
 ご丁寧に繰り返して、上司はエドワードを見つめている。その漆黒の瞳に吸い込まれてしまいそうな錯覚を覚えて、足元が覚束ないような気持ちがして、エドワードはロイの腕を無意識に掴んだ。
 ロイはその仕種に、縋るような、甘えるようなそれにうっとりするような笑みを浮かべた。それがエドワードの致命傷になる。
 蜘蛛の巣に絡めとられた蝶のように無防備に、抗うこともできずに、エドワードは引き寄せられるままに顔を近づけさせられた。
「…頼むから、私以外に捕まってくれるな」
 囁かれた台詞に目を瞠ったエドワードだが、言い返そうとした言葉は飲み込まれてしまった。他ならぬ、目の前の男の唇の中に。


 その、数日後。
「ちょっと、兄さん、これっ…なに…っ!」
 鎧の少年は泡を食った声で兄を問い詰めた。トランクの中から無造作にごろんと落ちてきたのが大粒のルビーがあしらわれた宝飾品では、まあ当然の反応だと言えるだろう。
 彼の兄は盗みに手を染める人間ではないが、宝石に興味を示す人間でもない。
 だが、素人目にも、それは普通の品ではない。
「…それはあの馬鹿が」
「…は?」
 エドワードはもごもごと口ごもり、なぜか顔を真っ赤にして膝を抱え、その間に顔をうずめてしまった。