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No Rail No Life

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【ALCOHL/飲酒】


そろそろ夕方から夜に変わろうという頃、山陽がやってきた。
ちょうど目が覚めて書類を読んでいた時で、山陽が東北同様スペアキーで入ってくるのをぼんやり見ていた。彼はまず「起きてるかー」とドア越しに聞いてきて、起きていると答えたら「あけるぞー」と言いながらドアを開けたから、誰だろうかと焦ることはなかったのだ。

山陽は手に盆を持っていた。何しろ大柄な男なので、盆が小さく見える。
盆に載せられていたのはネズミのキャラクターのカップで、東海道は微かに眉をひそめた。自分のカップではなかったから。
「玉子酒作ったぞー」
しかし山陽は東海道の微妙な困惑には気付かなかったようで、床に膝を落としながら顔をのぞきこんでくる。
「ん、そんな顔色悪くもねーな。よし。…って、おま何仕事してんの! 休め休め!」
盆をそっと床に置いて、山陽は東海道の手から書類を取り上げた。
「待て、それは」
「急ぎはみんな秋田が片付けてんだろ、てことは東海オンリーか急ぎじゃないかだ。で、東海オンリーならお前が待てつったら待つだろうがよ?」
「わたしは、」
「お前さんがそんなんしないのは知ってるけどよ、まあ、休む時はきっちり休めよ。それが仕事だぜ? 今はな」
ぽんぽん、と彼は両手で東海道の頭を撫でて、それよりほら、とマグカップを差し出し両手で握らせた。
「…これはわたしのではないではないか」
むすっとしたような、照れたような微妙な顔で東海道がぽつりと言えば、山陽は瞬きしてさも当然のように返した。
「当たり前だろ? それオレんだもん」
「なぜわたしが、」
「魔法にかかっちゃえよー。あっちゅーまに治るぜ?」
器用なウィンクに東海道は返す言葉を見失った。照れたとかそういうことではなくて、単純に対応に困ったというのが正しい。
 しかしそれをどうとったものか、山陽は東海道の頭を撫で、目を細めてのぞきこんできた。
「あんさぁ、お前がいないととーっても困るのよ、オレたち」
「…?」
 怪訝そうに眉根を寄せた東海道に、山陽は悪戯っぽい表情で笑った。
「ほんとだぜ?」
「…うそを言うな。せいせいしてるんじゃないのか」
 弱々しく言ってふいと横を向いた顔に、あちゃ、と山陽は変な声を出して、なーにすねてんの、と大きな手で東海道の顎を引き戻した。
「ほんとだってーの! オレはいうに及ばず、みーんな困っちまうんだぜ。東北だって上越だって」
「…なんで奴らが困るんだ?」
 眉間にしわを寄せた東海道に、肩をすくめた山陽は種明かしをする。
「秋田がなー」
「秋田?」
 東海道はさらに眉間のしわを深めた。他の誰かならともかく、秋田に何か問題があるとはとても思えなかったので。
 しかし、山陽は悲しげな顔をして首を振った。
「秋田がな…『東海道がダウンしてるんだからみんないつも以上に気合いれてよね!』…だってさ」
「…………」
 秋田は時々妙に張り切る時がある。東海道はそんな時の秋田の姿を思い浮かべながら、微妙な表情を浮かべた。
「おかげで、も、たいっへん。マジで。食べ歩きするなとか馬鹿笑いしないでとかもうー、生活指導かってな感じよ」
 それとお前のダウンとどう関係するっていうんだよなあ、とぼやく山陽に、ついつい東海道は吹き出してしまった。想像するとおかしすぎた。
「あ、笑うなよなー」
 なんだよー、と言いつつ、山陽の顔は明るい。もっとも、彼が明るくなかったことなどほとんど記憶にないのだけれど。
「…ま、そんなわけだからさ。早く元気になってくれよな」
 不意に目を細めて、ずいぶんと穏やかな顔で言われ、東海道は咄嗟に何も返すことができなかった。
 仕方なし、ごまかすように啜った玉子酒は、甘くてアルコールなどかけらも感じられなかった。それでも随分と胸はあたたまって、低迷していた何かが持ち直していくように感じられたのだった。
作品名:No Rail No Life 作家名:スサ