No Rail No Life
小田急や東急は別にどこで買った物を贈ろうと何の文句も言わない(向こうから贈られてくるものは当然小田急百貨店なり東急百貨店なりの包装ではあるけれど)ので、千代田や半蔵門が悩んでいる話は聞いたことがなかった。
やっぱりオレだけか、と思いながらも、行動するとなれば動きは早い有楽町。面倒はさっさと済ませてしまえ、とばかり池袋の両百貨店に足を運んだ。
ちょっと奮発して、松坂牛セットを選んだ。大体蟹とか牛肉なんて、どの百貨店に行こうかスーパーに行こうが郵便局(ふるさと小包的な)に行こうがTVショッピングだろうが、どこでも定番で、内容も値段設定もそんなに差はないものだ。西武の方が人数としては多いわけだがだからといって人数で計算するとこっちの懐が苦しくなるので、そのあたりはまあ裁量してもらうしかないな、と有楽町は腹をくくった。東上の方は人数が少ないのでまあそういった心配はないが、いきなり秩鉄あたりに全部貢がれたりしたらそれなりにショックを受ける予感がする。まあ、しないだろうけれど。
宅配伝票を記入しながら、有楽町は、もう夏なんだなあ、とぼんやり思った。またあのイベントとかあるんだなあ、今から気が重いや…なんて、ため息をつきながら。
半蔵門を追い払って、日比谷は三越にいってみた。特に理由はないのだけれど、…古い会社であるところの、その古株の路線である伊勢崎や日光は、こういう「老舗」みたいな名前の店で買った方がたぶん喜ぶのだ。まあ、日比谷が寄りやすいとしたら三越、松坂屋、松屋あたりだろうか。およそそのあたりをローテーションで使っている。本線連中は、東上ほどは東武百貨店にこだわってはいないらしい。まあ、日比谷に行きやすい場所にない、ということを十分に理解してもいるのかもしれないけれど。
「日光、伊勢崎、野田、宇都宮…ええと、あと、佐野、桐生、小泉、大師…だったかな」
なんだか誰か忘れていそうな気もするが、日比谷は確認しようとまでは思わなかった。要するに多ければ多いほどいいような気がする、と結論をつけてしまったので。
「すき焼きセットと焼き肉セット…でも焼肉がいいって言ってたもんな」
よし、と頷いて、日比谷はかなり奮発してお中元を決めた。
その思いが報われるのかどうかは、残念ながらお釈迦様にもわからない。
「銀座銀座、これ、金箔つきのエビせんだ」
パスモぬいぐるみを抱えて入ってきた丸ノ内が、ぼちぼち集まり始めたお中元たちがピラミッドを形成し始めている中から、かなり際立った趣味の箱を引っ張り出し報告した。
ああ、と顔をあげ、読書眼鏡を取った銀座が一度瞬きしてから笑う。
「それ、ええとね…ああ、そうそう、東海からだね」
「とーかい? じぇいあーる??」
「ふふ、ほら、僕の庭先を貸してあげたでしょう、大看板を設置するのに」
「そうだ、京都行こうのやつか?」
「そうそう、それだね。本当にあの会社の東と東海は仲が悪いよねえ」
ころころと笑いながら彼はにこやかにそう締めた。幸いにして今は丸ノ内しかその場にいなかったので、変なやつらだな、としか返しはしなかったが、有楽町あたりがいたなら威圧感に胃でも痛めてしまいそうな雰囲気だった。
「…うちの子たちはきちんとお買いものできたかねえ…」
不意に思案気な顔になって銀座が言えば、丸ノ内は瞬きしたあとからからと笑った。
「今年の夏はメトロハム祭りだな!」
「ああ、バーベキューの場所も決めないとね。丸ノ内どこがいい?」
「おチヨで小田原かとーざいで浦安か、有楽町で森林公園か、あ、御苑でもいいぞ」
「そうだねえ、隅田川公園じゃバーベキューはできなさそうだしねえ…御苑もバーベキューは無理かなあ…」
でも、楽しみだよね、とにっこり笑った銀座に、丸ノ内もまた屈託のない、わくわくした顔で「おう!」と頷いた。
「…うわぁ…」
「すっげーっ! すっげーよ東上! 肉だ! まつざかぎゅうだ! おれ知ってるぞ、こいつらビール飲んでそだつんだろ!?」
興奮気味の越生と対照的に、東上は真剣な顔でためつすがめつ桐箱とか包装紙とかなんかを見ていた。そして息を飲んで、厳かに答えた。
「そうだね…松坂牛だね…」
「今夜はすきやきか?! しゃぶしゃぶか?! やきにくか?!」
相変わらず興奮中の越生が、桐箱に触ろうとした、その時だった。
べしっ
「って…! 東上、なにすんだよ!」
「いきなり触ったらだめ!」
東上はべしっとはたいた越生の手をとり、そっとその甲を撫でながら諭すような表情を作り、言った。
「あのね、越生。高級和牛だよ」
「…あぁ?」
越生は胡乱げな表情で東上を見返した。ともすれば睨んでいるように見えなくもなかったが、東上はそんな風には勿論思わなかった。越生の目つきが悪かろうが生意気であろうが素直でなかろうが、そんなことはたいしたことではないのだ。
「和牛にはね…、作法があるんだよ…」
「さほー?」
越生は素直に首を傾げた。東上は真剣な顔をして語り続ける。
「いい? まずは、お皿に油紙をしきます」
「お、おう…」
越生は何となく東上に言われるがまま、大皿を出してきて、油紙をしいた。それを見届けた後、東上が続きを口にする。
「それから…、一枚一枚、丁寧にお皿に並べます」
「お、おぅ…」
「あ、待って越生。これはおれがやるから。危ないから」
「…危ない?」
肉を皿に移す作業のどこにどんな危険が潜んでいるというのだろう。
越生は正直に眉をひそめた。その表情の内訳としては、不可解と親代わりに対する心配が等分といったところ。こんな不思議なことを真面目な顔をして言うだなんて、東上は一体どうしてしまったのだろうか。越生は、素直に心配になった。どう考えても、その作業に対して危険性が思いつかなかったからだ。
「…東上…?」
真面目な顔をして皿にきれいに和牛を並べる東上のTシャツを、越生は遠慮がちに引っ張ってみた。
「なに?」
それに対して、彼は穏やかに笑って振り向くのだけれど、そんな顔をされても越生としてはどうしていいかわからない。
「…なんでもねー…」
「そうなの? 変な越生」
ふふ、と笑われたけれど、それはこっちの台詞だ、と越生は内心ものすごく抗議したかった。したかったけれどしなかったのは、一端桐箱を置いて、くしゃりと頭を撫でてくれたことが嬉しかったからだ。
本人としては断じて! 認めたくはないところだけれど。
「…さて、お皿に並べきれない分はえーっと、冷凍にします」
「れ、冷凍?」
「うん、そう。だって、もったいないでしょ?」
「そうだけど…」
そんなに残すほどたくさんあるんか、とちらりと越生は思ったのだけれど、やっぱり今度もまた東上の上機嫌に負けて何も言わなかった。東上はきっとわかっていないと思うのだけれど、越生は本当は東上にはかなわないのだ。色々な意味で。だって、東上がいなかったら、越生は多分どうしていいかわからない。本当にずっと昔ひとりだった頃どうしていたかなんて、今はもう思い出せなくなっていた。思い出そうとも、あまり思わないのだけれど。
「で、お皿にラップをして肉・魚の段にしまいまーす」
「…」
まーす! って!
作品名:No Rail No Life 作家名:スサ