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No Rail No Life

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【中央と総武】


 割といつも一緒にいるから錯覚してしまうけれど、実は、重ならないラインの方が互いにずっと長いのだ。

「やっぱ都内出るとあったかいよなー」
 見るからに暖かそうな色を身につけているくせに、いかにも寒いですという顔で口にする垂れ目のくせっ毛に、色合いの割にはおとなしめな外見の青年が視線を向ける。
「そうだな。松本とか寒い」
「でも名古屋はあったかいんじゃないか?」
「どうかな、…それなら銚子は黒潮で暖かいか?」
 黄色が顔をしかめた。
「んなわけないだろ。寒いつったじゃん、今」
「…横須賀も? 逗子も?」
「あーのーなー」
 がりがり、と髪をかきあげ大きな溜息。
「おっかしいぞー中央、別に今日人身とかなかったじゃん」
 なんなんだ一体、と腰を屈めて、ベンチに座って紙コップのコーヒーを飲む中央に顔を近づけた総武を、物静かな目がじっと見つめる。
「中央、…ぅわっ」
 突然物も言わずに中央が腕を伸ばして、総武の腰を抱いて引き寄せ顔をつける。
「…もー、なんだ、なに甘えてんだ?」
 諦めたような、けれどくすくす笑いのまじった溜息には中央の頭をかきまぜるちょっとだけ乱暴な手つきもセットでついていた。
「あ、わかった、狸でもはねたんだろ」
「…客は、はねない」
 そこでふたり、アハハと笑う。
 狸といえば、ただ動物である前に、ちょっとした逸話を持っているのだ。
 総武快速が横須賀線と繋がる時、狸でも乗せる気か、と横須賀側に皮肉られたことがある。
 しかしその皮肉は、金さえ払ってくれるなら乗せる、と切り返された。
 横須賀がそれでどうしたかはよくわからない。多分脱力したのだろうが。
 誰が言ったかはっきりとはわからないが、まあ、総武を見る限り、千葉側は言うだろうな、と中央は思う。
 千葉にはプライドがない、とよく言われるけれど、多分プライドの置き所がずれているのだ。恐らくは総武も。京葉を見ても、そんな気がしないこともない。
「中央?」
 じっと見ていたら目があった。総武は不思議そうにこちらを見ている。
「…総武快速、地下5階って言われてたぞ」
 3階って案内してるのに、と付け足した中央に、総武は瞬きした後アハハ、と笑った。
「地下鉄より地下なんだぜ、これってすごくね?」
 なぜそこで笑うかがわからなくて眉をひそめた中央に、総武はあっけらかんと言い放った。
「ビリと一等って、おんなじなんだぜ」
「同じじゃないだろう」
「同じだよ。だって前か後かってだけじゃん」
「…」
「大体上官から遠いから気もつかわないし、他に誰もいないから広々使えるし。お客さんはちょっと可哀相だけど、ま、メタボ予防にはなるんじゃない?」
 腰に中央を巻き付かせたまま笑う総武は、本当にどうでもいいらしい。
「地下鉄にも、地下鉄のくせに浅いじゃーん、て」
「言ったのか?」
「言わない、後が怖いし」
「…」
「なあ、そんだけ?腹減ったんだけど」
「…ん」
 渋々腕を離した中央に、もう全部忘れたような顔で総武は笑い、何食う? と首を傾げたのだった。


 総武は基本的に陽気な質だ。別に自分が陰気だと思っているわけでもないが、中央はそう思っている。
 こだわらない質らしく、たいていのことは笑って済ませるし、人にぶつかりもしない。
 けれど、だからといって、何も気にしていないわけでもないのは段々付き合いが長くなるにつれてわかってきていた。

 総武に会うなら基本、御茶ノ水だ。だが東京駅だって頑張れば会えないことはない。
 快速のそのエリアは、総武と横須賀のものだったから、無理に会いに行こうとも思わなかったが。
 それでも、用事があって、ただでさえ高い位置にある中央のホームからくだっていった。用事はこじつけで、単に顔が見たかったのかもしれないが。
 実際、縦移動はもう、これは致し方ないが、横移動はあまりしないでも済む位置関係にふたりはあった。
 総武が地下から上がって最初に目にするのは中央であって、山手や京浜東北でさえないのだ。
 とにかく、エスカレーターを二回、三回と降って、がらんとした空間で中央が見たのは、どうやら特急のような誰かに総武が笑いかけている場面だった。
 総武の特急なら、あやめだのしおさいだのいくつかある(中央と直通のあずさも少ないながら存在するが)わけだが、雰囲気で違うと知れた。

 あれは、恐らくは、

 相手の様子は背中しか見えなかったのでよくわからないが、総武の表情は、見たことがないようなものだった。
 子供を宥めるような、そんな。
 目が合う前に、中央は逃げるように踵を返していた。

 新幹線になりそこねた特急。

 沿線の反対、騒音問題、時代が悪かったのかもしれないし、なるべくしてそうなったのかもしれない。
 けれどそれは本人には関わりのない話に違いない。
 件の特急は、総武快速線、成田線及び直通先までを運行する。
 地下三階ならば、まず他の上官達と顔を合わすこともないだろう。
 地下は誰もいなくて気楽でいい、総武はそう笑うのだけれど。
「…」
 全部知ったように思ってもこうやって知らないことが出て来る。
 それを新鮮と思うか不安に思うかはきっとそれぞれに違って、咄嗟に背中を向けてしまった中央は、もしかしたら後者なのかもしれない。


 勝負という勝負には全て勝利しないと気が済まない人種も世の中には存在するが、総武は、本当に捨てることができない勝負以外は、何で負けようがどうでもいいと考えている。
 瑣末な事に心を擦り減らしても腹が減るか立つか、それくらいしか得るものはないのだから。
 総武の沿線には特殊な問題があって、まあ、問題がない路線というのは存在しないかもしれないが、それでもおそらく、それなりに特殊な方だと思っている。
 少なくとも、自社職員(を含む集団)に駅舍を破壊されたなんていうのはあまりないことだろうし、ストをするのだってそうだ、私鉄だってやらない場所もあるのに。新幹線開通話が消えたとか、そんなのにしても、ゼロではないだろうがたくさんでもないように思う。
 しかしそれらは現実である以上歎いても腹を立てても何もかわらない。そうであれば、それはそれとして受け入れるしかないのだ。
 だから、東海道と分離されることに腹を立てていた横須賀線の気持ちは、わからなくもないが、「へぇ」と思うくらいだった。
 確かに横須賀の気持ちもわかる。それまでにあったものを捨てるのは誰だって辛いものだし、そうでなくとも、良家の子女を運んだ時代の思い出もあろう。
 けれど、理想も希望も、全ては現実の後にくっついてくるのだ。先んずることはまずない。
 諦めているのとは違う。ただ、受け入れているだけで。

 中央と横須賀は、中央の前身である甲武鉄道の時代を含めれば同じ年に生まれているという。
 だが大分違うと総武は思っていた。存在する年数が長い分、少しの差異も大きな違いになったのかもしれない。
作品名:No Rail No Life 作家名:スサ