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No Rail No Life

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 特急に彼が見せていたのは自分が知らない表情だった。あんな顔もできるのかと思った。…多分、嫉妬した。
 追いかけて捕まえてくれたわけを、屈託なく笑ってくれるわけを、…今あんなにも怒っているわけを、聞きたい。そう思った。
 自分をどう思っているのか。聞きたい。聞かせてほしい。

「…つかまえた!」

 手首を掴み、肩に腕を回し、思いきり後ろに抱きしめた。たたらを踏んだ総武の体を落とさぬよう、逃がさぬように抱きしめる。その肩口に顔を埋める。
「…離せよっ」
 じたじたともがくのをぎゅっと、渾身の力で押さえ込む。
「いやだ」
 中央はきっぱりと口にした。
「なんでそんなに怒ってるのか聞いてない」
「そんなんお前が悪い、外でなあ、あ、あんな、あんなはずかしい、へんなんしやがって…!」
「キスしたから? …いや、違うよな、そうじゃないよな。それはそこまで怒ってなかったじゃないか」
 確かに口はきいてくれなかったかもしれないが、かといってそこまで激怒していたようには思えない。
 …それにあれは、どちらかといえば照れていたのではないだろうか。
 あまり怒らせすぎるのもよくないので言わないが、中央はそう分析している。
 総武が怒ったのは、京浜東北に小言を言われた所からだった。
 中央が、京浜東北に謝ったあたりで、総武は怒り出した。
「…なんで謝ったんだよ」
「なんでって…」
 やっぱり、と、ようやく拗ねたように繰り出された台詞に中央は目を細めた。
 そうして、困惑したようなそぶりで次の言葉を促す。
「オレが追っかけたんじゃん。中央じゃないじゃん。なのになんでお前が謝んの」
「いや、でも、あれは…」
「お前オレを馬鹿にしてんの?」
 中央は瞬きした。
 今の展開はなんだろう。想像していたのとは、どこか、違う、ような。
「オレが追っかけたんじゃん、なに、お前がオレより上なわけ? 対等じゃないわけ? ふざけんなよ」
 どん、と腕の中から抜け出した総武に突き飛ばされ、中央はよろめいた。転んだりはしなかったけれど。
「お前オレのことちゃんと見てんのかよ、オレのことわかってないのかよ…」
 くやしげに詰る、その言葉はもはや支離滅裂。だけれども。
 だ、けれども。
「…見てるよ」
 中央はゆっくりと総武の手を取った。
「…だから、もっと、見せてよ」
「…?」
 中央は少しいらだたしげな目をして、でもなぜか微かにうれしげに口元をゆがめていた。何とも形容しがたい表情だった。
「…あいつと話してたとき、知らない顔、してた」
「…あいつ?」
 誰だ、と首を捻る総武に、NEX、と中央は答える。すると総武は瞬きした後、怪訝そうに眉をひそめ、自分の顔を自由な左手でぺたぺた触った。
「…顔? かわらないだろ?」
 不可解、という顔で聞いてくる顔が少し心配そうで、今度は、中央は素直に笑みを浮かべた。
「知らないことがまだたくさんある。だから、全部知りたいんだ」
「は?」
 毒気を抜かれた顔でぽかんとしている総武に片手を差し出せば、不思議そうにその手を見ている。
 だからこちらから握って、そのまま引き寄せて囁いた。
「これからもよろしく」
「???」
「あと、結構嫉妬深いみたいだから、そこもよろしく」
「…はっ?誰が?」
 中央は黙って自分を示した。
 総武はまじまじと中央を見ていたけれど、怒っていたのも悔しがっていたのも忘れたように吹き出した。
「あ、あ、そ、そうなんだ?」
 からからと笑いながら総武は目を拭う。笑いすぎだ。でもあまり腹は立たなかったので、中央も笑った。

 ずっと長くいてもまだ知らないことがある。きっとこれからもずっと、そういう秘密や発見に慌てたりどきりとしたりするんだろう。
 そんなことをどこかで思いながら、中央は総武の手を握る力を強めた。総武は何も言わなかったけれど、同じように手の力をほんの少し強くした。
作品名:No Rail No Life 作家名:スサ