No Rail No Life
【宇都宮と高崎】
「なんで宇都宮ってばそんなに性格ねじまがってんの!?」
ぎゃんぎゃんと喚くのはいつものように埼京だ。
そしてかえる声は聞く限りでは大変に穏和なものだった。これも恐らくはいつも通り。
「可哀相な埼京。あんまりお馬鹿なものだがらそんな風に見えるんだね?」
「馬鹿ってゆーな! 馬鹿って言った方が馬鹿なんだからな!」
へっへーんだ、と得意げに胸をそらした埼京には、輝かんばかりのドS様の笑顔が。
「僕の繊細で複雑な神経が理解出来ないからって…ああ、言わなくていいよ、埼京。だって馬鹿なことは罪ではないのだから」
埼京は口をパクパクと動かした。
「そうだよね。僕が悪かったよ。だって、君に、君のつるつるの脳に僕の言葉を理解しろというのが土台不可能な話なんだから…ごめんね、埼京。君が馬鹿だってこと、僕はよく知っていたはずなのに」
哀れみのこもった視線とともにぐさぐさと突き刺さる何かは、埼京の大きな目を潤ませるには充分すぎるものだった。
そうして、宇都宮は大袈裟に驚いた様子を見せる。
「どうしたの? 何か悲しいことでもあったの?」
可哀相に、と、本当にそう思っている顔で言う宇都宮を前に、みるみる埼京の目には涙が溢れてきて。
うわあああん、という恥も外聞もない子供のような泣き声があたりに響く。
こうなるとさすがに他も我関せずではいられなくなる。
「いい加減にしなよ」
溜息まじり立ち上がったのは京浜東北で、それは半ば、大方の予想通りの展開である。
「喧嘩するなら外に出て、うるさいよ」
見捨てて見せる所まで、恐らくは。
本当に京浜東北が誰かを見捨てることは多分なくて、今だって埼京の頭を無意識のような態度で撫でて宥めているのだけれど、表面はあくまでクールでドライなスタイルを貫くつもりでいるらしい。きっと、それくらいしか、彼には自分の環境を快適に保つ術はないだろうから。
「喧嘩じゃないもん! 宇都宮がいじめるから悪いんじゃん!」
「宇都宮の性格なんか治しようがないんだから、君も噛み付かなければいいでしょ」
京浜東北の呆れた声に、埼京はぐっとつまり、宇都宮はぴくりと眉を引き攣らせた。ほんのわずかではあったけれど。
「大体…」
京浜東北がさらに言い募ろうとした、その時だった。
「京浜東北いるかー?」
ガチャ、とミーティングルームのドアを開け、宇都宮とよく似た、けれどほんの少しだけ気の強そうな(あくまで表面は)顔をひょっこりとのぞかせ、高崎が現れたのは。
「あ、いたいた、…? なんだ、なんかあった?」
涙目の埼京に疲れたような京浜東北、それから…
「…宇都宮ぁ」
はぁ、と溜息をついて、高崎は眉間にしわをよせた。そうして、有無をいわさず宇都宮の首に腕を回し、ぐい、と引き寄せる。
「京浜東北、上官から伝言、月次が更新されてないからデータ入力するように、って」
宇都宮の肩を抱きながら、高崎は京浜東北に伝える。
「え? あれNET7日じゃ…うん、わかった。すぐやるよ」
「なんかよくわかんないけど頼むわ。あ、あと」
高崎は困ったように苦笑して、けれどなんでもないことのように告げた。
「こいつ、ちょっと休ませる」
「え?」
「高崎、僕は」
「…よろしく、高崎」
「おう。ほら、行くぞ宇都宮、飯食いに」
京浜東北にだけ頷いた高崎が、聞く耳持たない勢いで宇都宮を引っ張っていく。
「だって君先に食べてたじゃないか」
「うるせーな、成長期なんだよ」
引っ張られれば諦めたらしい宇都宮が高崎に絡む声と、それをぞんざいに流す高崎の声が遠くなったあたりで、埼京は京浜東北を見た。
「…高崎が先に昼食べちゃったのが面白くなくて拗ねてたみたいね」
はぁ、と零した京浜東北に埼京が目を丸くしたのは言うまでもない。
作品名:No Rail No Life 作家名:スサ