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それは刹那にも似た

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 学園きっての読書家で知られる長次だが、鍛錬は欠かさない。本を読まない日だって当然あれば、小平太に誘われて裏山を走ったり学園を抜け出し町へ行ったりすることだってある。だから気づくのが少しばかり遅れた。
「七松先輩。いらっしゃいますか?」
 控え目に在室を問う声は、四日前に聞いたものと同じもの。だが、いつもの返事をする相手は文次郎と共に裏々山あたりだろうか。仕方なく立ち上がって、障子戸を開ける。
 障子に映る影で気づいていたのだろう滝夜叉丸は、からりと開いた戸に驚くこともせず、無言で戸を開けた長次を見上げる。
「…小平太は、鍛錬に出ているが」
「いつお戻りになられるか、ご存知でしょうか?」
 滝夜叉丸の手にあるのは、先日、小平太に押し付けられた日誌。長次と違い実技優先の小平太だが、連日部屋を空けるのは珍しい。つまり、滝夜叉丸から逃げ回っているということか。
 呆れたと内心で溜息を吐きながら首を横に振れば、表情を変えることなく滝夜叉丸はそうですかと呟く。
 先日見た少年と同じ少年とは思えない、無機質な様。これは、今まで長次が見かけていた滝夜叉丸と同じだ。
「では明日、また伺います」
 一礼して踵を返そうとする。それに声をかけたのは、この前の記憶が残っていたからかもしれない。
「…預かろう」
「いえ、お手間を取らせるわけには行きません」
 軽く片手を差し出しても、きっぱりと拒絶される。遠慮できなく、そう、拒絶。二の句を告げずにいると、もう一度頭を下げて、滝夜叉丸は廊下を戻っていく。
「―そりゃ、私は何年もあの子と一緒なんだからね。慣れ方が違うよ」
 翌日、朝食の席でそれを話せば、小平太は笑って箸を振る。
「警戒されているのか?」
「警戒、とも少し違うな。知らない相手とは、きっちり一線引くのさ。昔の仙蔵みたいに」
「呼んだか?」
 行儀が悪いぞという言葉つきで、突然背後からかかる声。食堂なのだからさすがに驚きはしないが、聞いていたのかとふたりとも苦笑する。
「おはよう、仙蔵」
「ああ、おはよう小平太。それで誰が昔の私のようだと?」
 今でこそ周りと付き合う術を覚えたこの友人も、入学して数年はあちこちで衝突していたのを思い出す。
「滝夜叉丸さ。昨日、長次が声をかけたら、猫みたいに警戒されてそっぽを向かれたんだと」
「なるほど」
 空いている長次の隣に座り、仙蔵も納得したように口元に笑みを浮かべる。
「あの学年はなにかと面倒な子が多いからな。警戒も人一倍強いぞ」
「それって、穴掘り小僧のことか?」
「まあな」
 机を挟んでしゃべるふたりは、そういえば三年生の後輩の面倒を見る同士。手のかからなさなら学園一を自負する図書委員会とかなにかと異なるだろう。
 それに三年生は、なにかとクセが強いと言われている。もっとも教師に言わせれば、どの学年も似たり寄ったりらしいのだが。
「そういえば、ちょくちょく五年長屋で滝夜叉丸の姿を見るが、なにがあったのだ?」
 それまで正面を向いていた仙蔵が、横を向く。この手の質問を投げかける相手を使い分ける辺りが、仙蔵らしい。
「……小平太が、仕事を押しつけているんだ。小平太、お前わざと逃げているな?」
 溜息と共に答え、ちらりと級友を睨みつける。それに笑って見せるあたり、やはり確信的らしい。困った奴だと嘆息すれば、察しのいい仙蔵も肩をすくめる。
「あまりいじめるなよ」
「長次といい、仙蔵といい、私がよぽど後輩いじめが好きみたいな言い方をする」
 拗ねるような口ぶりで、しかし笑いながら言うのだから本当に拗ねているわけではない。これも、じゃれあいの延長だ。
 だが、仙蔵は鼻を鳴らす。
「お前は走らせたりムチを打ったりするのは上手くても、手綱を引くのは下手だからな。度合いを間違えるなよ」
「……んー、大丈夫だと思うけど?」
 人が増え騒がしくなる食堂内。ここでの話はこれで仕舞いとばかりに、それぞれ茶碗を手に取る。仙蔵の言うことは、確かに的を射ているのだ。振り回すことも大事かもしれないが、時に休ませることも肝要。
 だからかもしれない。
「今日も、ご不在ですか」
 毎日部屋を尋ねてくる滝夜叉丸に不在を告げれば、諦めに似た色が混じったものをほんのわずかだが見せる。
「預かっておくが?」
「いえ。それより、待たせていただいてもよろしいでしょうか?」
 そういえば、今日で日誌の代行は終わりだったか。かまわないと頷けば、いつものように一礼して、踵を返す。
 ―待つのではなかったのか?
 思わず目を見張れば、障子戸の横で壁を背にして座り込む。その姿はまるで罰で廊下に座らされる忍たまを髣髴させる。
「……滝夜叉丸」
 さすがにそれは勘弁してもらいたい。間違いなく、五年長屋中から長次が責められるのは目に見えている。
 なんでしょうかと振り仰ぐ後輩に、中に入れとばかりに廊下に出て、入り口を譲る。
「中で待ってくれ」
「いえ。ご迷惑をおかけするわけには参りません」
 長い付き合いの友たちならば気づくだろう、疲れを含んだ声。しかし知らない滝夜叉丸はきっぱりと首を振る。ありがた迷惑な話だ。
「……後輩を外で待たせては、私がみなに叱られる。それと小平太が戻るのは、当分あとだ。時間を潰すものを持ってくるといい」
 この数日の行動を省みれば、小平太が部屋に戻ってくるのは夜更けになる。それまで部屋でじっと待つのも辛かろう。それに部屋に入れれば、長次がなにを勧めても固辞するのは目に見えている。
「忍たまならば、時間は有効に使うべきだ。アレに付き合っていくなら、手抜きも覚えろ」
「……しかし」
 仙蔵が例えた通り、小平太は振り回すのは得意だが、いささか乱暴が過ぎる。自分たち五年生も、昔はそれが原因でケンカを何度したことか。
 自覚が薄いのならば、促すのも先輩の役目だろう。たとえ縁が薄くても、だ。
「忍務ならば真剣にすればいい。だが、これは違う。時に横柄になったり、文句を言うようになってもいい。小平太はお前にも甘えているのだからな」
 長次の言葉をどう取ったのかはわからないが、少しばかり考えた風の滝夜叉丸は一礼する。
「では、本を取ってまいります」
 さらりと流れる黒髪が揺れ、綺麗に伸びた背が遠ざかる。それが角を曲がり視界から消えて、はじめて長次は視線を星空に転じる。
 ―まったく、小平太はどうカタをつけるつもりか。
 またこの前のように、命令に近い口調で丸め込むのか。無茶振りに口ごたえしてもらいたいのだろうが、今のままでは無理な相談。後輩が出来て初めて口ごたえをしたというが、それは後輩をおもかんばってのことだろうから。
 ―また、保健室に連れ込むことにならなければいいが。
 肺の中の空気を吐き出し、柱にもたれる。
 部屋の中で待ってもいいのだが、どうせ滝夜叉丸が来ればまた立ち上がって戸を開けるのだ。その手間を考えたら、立って待っていても変わらない。
 もちろん滝夜叉丸が恐縮する可能性もあるが、戸を閉ざしていることで遠慮させる可能性も高い。そうして廊下に座られたら……仙蔵や伊作を、たとえ一時的にとはいえ敵に回すような愚かなことはしたくない。
作品名:それは刹那にも似た 作家名:架白ぐら