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月曲

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ようやく生活サイクルが形成され、四月も後半に差しかかろうとしたその頃、俺はついにその時が来てしまったと嘆いた。
幼少期に迫害されていた事もあり、俺は極力学校では大人しく、目立たないように生きて来た。だが本来の性格上、友人がカツアゲされていたら助けずにはいられない。此処で俺は後悔する。全員殴り倒すんじゃなくて、助けるべき対象の奴を引っ張って逃げれば良かったと。
翌日から報復にと喧嘩を売られるようになった。俺の化け物の力を周りは知らない。手を上げないように必死で受ける痛みを我慢していた。しかし短気な俺は湧きあがる苛立ちを抑えきれず、結果、全員が俺の脚元に転がっている。そして校庭でバスケットボールのゴールを持ち上げ、20人を一斉に蹴散らした事で一気に俺の名前は有名になってしまった。流石にその光景を目の当たりにした周囲は俺がただの喧嘩が強い高校生ではなく、もっと別の存在だと気付いた。体力は無いが腕力の強い、定期テストは中の上という変な俺。だが繰り返される暴力の日々に俺は元々空っぽな身体なだけに、着実に体力が身について来た。暴れまわる俺の膂力を支える為に筋肉もかなりついて来た。全く嬉しくない。
だが俺にとって嬉しかったのは、仲の良いクラスメイトが俺から離れなかった事だった。「静雄と居ると不良に絡まれなくて楽だ!」と下心をわざわざ俺の眼の前で暴露する奴も居た。当然俺を怖がって影でこそこそする奴も居るには居たが、飾り気や裏表の無い奴が好きな俺にとってはさほど重要じゃない。それに元々大人しかった俺を知っているクラスメイトの中には変わらず平然と「ねえ平和島くん、次の授業って移動だっけ?」と話しかけてくる女子すら居た。とはいえ、「喧嘩人形」と不本意なあだ名がついた事は少々不満だったが。

「好きで喧嘩してる訳じゃねえのに……」
「まあまあ。静雄って何でそんなに力強いんだ? 将来は野球選手にでもなれば良い。絶対打たれないぜ!」
「打たれないけど静雄の球ぁ捕手もぜってー捕れないだろ。もたついてる間にランナー進められるよ」
「あ、そうか。うーん。難しい」

もそもそと弁当を食む。夜の内に波江が下拵えしてくれるものが多く、中々に家庭的だった。量も入学当時の倍くらいに増えている。これでこそ健康な男子高校生だ。波江が忙しい時は臨也が、臨也も忙しい時は自分で作っていた。
俺の内面の美点を見てくれる奴、俺の力のおこぼれを頂戴すると明言している奴、面白いからという理由で俺にひっつく奴、色んなのが居たが、俺を怖がらないだけ感謝している。

「静雄ってさあ、体力測定の時に短距離か長距離のどっちかビリだったじゃん、あの伝説。その時に比べると随分足速くなったよな」
「そうか?」
「そうそう。4組の井口、あ、昨日お前が追いかけてた奴。あいつ確か50メートル、7秒前半だった気がするぞ?」
「そいつを最終的にボコった静雄ってひょっとして6秒台だったりしてな!」

けらけらと笑われるが不快感は感じない。全力でダッシュしても悲鳴を上げる事がなくなった足。風呂に入る度にその足がある程度太くなっているのが実感出来た。人間の身体ってすげーんだな。
自販機で買った牛乳を吸っていると、唐突に一人が俺に箸を向けて来た。

「そういや静雄さー、黄巾賊には入らねーの?」
「コウキンゾク?」
「駅前とかで黄色い布つけてたむろしてる奴らだよ。ほんっとお前、常識知らねーよな」
「あー、偶に見かけるな。黄色いの。てか黄巾賊って三国志だろ」
「……常識が無いくせに変な所で知識がある静雄、サイテイ!」
「アホ」

下校の時によく見かける未成年の集団。関係無いからと特に視界には入れていなかった。その旨を伝えようとすると、黙っていた一人が顔を上げる。

「井口って黄巾賊じゃなかったっけ?」
「げ、マジかよ」
「気をつけろよ平和島、闇討ちされるかも」
「静雄なら返り討ちだろ! それに黄巾賊って大多数が中学生だろぉ? 数が集まってるだけだって!」

ふーんと特に関心は寄せずに弁当箱を閉じた。今日の出汁巻き卵は美味かった。流石臨也。
新しく買って貰った携帯を弄っていると一人が身を乗り出す。

「なんだ静雄、もう買い換えたのか? 前の壊れたって言ってたじゃんよ」
「まあな」
「ならケー番教えろよぉ、いざとなったらお前に喧嘩代わって貰うんだから」
「ふざけんな」

言いながら携帯をポケットに仕舞って教室移動の用意を取りにロッカーに向かった。もうロックはかけていない。臨也との連絡しか取らないからだ。好意を寄せてくれるクラスメイト達には悪いが、臨也が居れば良いと豪語する俺は彼らとの距離を少なからず取っていた。申し訳無いとも思ったし、罪悪感もあった。でも、俺の親友役も臨也だから、仕方無い。
その日の帰り道に、見事に黄色に包まれた集団に囲まれた時は、ないがしろにした事を少しだけ後悔したんだが。蠅を振り払うように追い返し、後をつけられていない事を確認してからマンションに入る。最近はこれが日課になったのが非常に不愉快だった。

「ただいま」

靴があるのに臨也は返事をしなかった。来客中かと一瞬思ったが、それらしい靴は見当たらない。なら無視されたのかと若干むっと口を尖らせて荒々しく事務所に行く。臨也は開放的な硝子張りごしの池袋の町を見下ろしながら電話をしていた。盗み聞きする趣味は無いけど、折角俺が帰って来たんだから何か言って欲しい。高校に通い始めてから一緒に過ごす時間が激減した事に臨也は不満が無いんだろうか。だとしたら切ない。俺はこんなに寂しいのに。
浅く狭い友好関係だって、誰かと喋って気を紛らわせないと臨也が居ない孤独感がひしひしと俺を襲うからで。一方的に腹が立った俺はどかどかと足音を立てながら自分の部屋に行く。臨也がこっちを見た気がするけど無視した。学ランを脱いでハンガーにかけ、カッターシャツのボタンを上から二つ外しながら台所に向かう。牛乳を一気飲みしてから事務所を覗くと、まだ電話中だ。柔らかくて、青空みたいな臨也の声。それが俺じゃない他人に向けられているなんて赦せない。でも、相手が得意先とかだったりしたら、例えば粟楠会の四木さんだったりしたら少し迷う。俺は臨也の邪魔をしたい訳じゃないから、電話を妨害したら多分支障が出る。俺がどうしようか悶々していると、臨也が携帯を耳から離した。

「シーズーちゃーん」

作品名:月曲 作家名:青永秋