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月曲

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だが、世界で一番空気の読めないタイミングで、携帯が勢いよく着信を知らせた。

「……」
「……」

気分を害したのは俺だけじゃなく臨也も同じらしい。一気に眉に寄せられた皺がそれを物語る。それにほんの少しだけ安堵し、臨也に「鳴ってるぞ」と促した。唇の距離は1センチ。ギリ、と歯を食い縛る音が聞こえたが、渋々俺から身体を起こした臨也は不機嫌なまま電話口に出る。

「はい、どうしたの」

敬語を使っていない事から年上ではないらしい。と、なると、先ほど電話してきた三ヶ島かと思って、促した自分を呪った。不快感を濃くした俺に対し、臨也は不機嫌だった顔を少しずつ解していく。良い知らせか。

「うん判った。あ、そっちは手空いてない? ……そっか。良いよ気にしないで。了解。じゃあ後で」

すっかり笑顔を取り戻した臨也。機嫌が直るのは良い事だが、この笑い方は面白くない。なんか、直感だが、俺には面白くない事が起こる笑い方だ。俺に跨ったまま電話を切った臨也は情事の気配など微塵も感じさせない軽いキスを俺に送る。

「ごめんね、お預けだ」
「は?」

何を言っている? と自分を凝視する俺に臨也は笑いかける。

「客が来るよ。残念だけどシズちゃんを食べるのは後にしよう」
「ふ、」

後なんてあるわけないだろう。

「ざけんな!」

折角こちらは抱かれるのを許容したというのに、発情した方から打ち切りにするなんてそんなのありなのか。いや、無しだ。有り得ない。今すぐ三ヶ島を呼んで殴りつけたかった。女だから手加減はするが。
怒りと羞恥で真っ赤になる俺に向かって、電話がかかってくる前の臨也の色が戻る。

「その代わり今夜は寝かせてあげないよ」
「っ……!」

臨也は基本的に有言実行する男だ。くそ、くそ。なんだこれは。良いようにあしらわれたのか。それともこいつの計画通りか? 一度だけという俺の希望が打ち砕かれた。
固まる俺に対し、臨也は少しだけ眉を下げた。謝るつもりかと思うが、口は別の事を話す。

「此処に紀田君が来るよ」
「は? なんで?」
「言っただろう? 時期が来れば彼は俺を頼りに来る。予想より遅かったけどね。でも此処らへん高層マンション多いから、シズちゃんエントランスで待っててあげてくれない?」

俺は今日一日で何回ふざけるなって言えば良いんだろうか。語彙が少ない俺はそれしか言えない。

「何で俺が」
「迷子になったら来るのが遅れる。遅れたらシズちゃんを抱くのも遅れる。遅れたら明日の学校辛いよ?」
「全部お前の所為だろ!」
「ね? お願い」

眼の前で手を合わせる。臨也が俺に何かを頼む事は余り無いので珍しく、思わずぐっと息が詰まる。
三ヶ島沙樹という信奉者と違い、俺は臨也を全般的に信頼はしているが、考え方まで同じという訳じゃない。可笑しいと思った事は遠慮なく可笑しいと言うし、本気で嫌な事は頑として従わない。臨也の言いなりではないのがあの女との違いだ。
とはいえ、基本的に俺も言いなりに近い。俺の行動原理は臨也に嫌われたくない好かれたいであって、断っても機嫌を損ねる程、臨也は子供ではないが、溜まったそれは必ず夜に仕返しとなって現れる。此処は頷くのが自衛の為でもあった。

「……判った」
「んー、シズちゃん良い子」
「紀田を待てば良いんだろ?」
「うん。きっと思いつめた表情で来るから慰めてあげて」
「それは断る」

俺は他人に同情しない。至って自分本位だ。自己中心的といえば聞こえは悪いかもしれないが、それは全部臨也の為だった。他人の為に流す涙は臨也の分にとっておく。だから誰かを慰めたりするのは、そもそも感情に共感しない俺には出来ない相談だった。何せ俺も相当歪んでいるから。

「お礼に夜は激しく優しくしてあげるよ」
「……期待しないでおく」

制服を着替え、臨也がつけた真新しいキスマークが絶対に見えないように黒のタートルネックを出す。褪せたジーンズはシンプルなストレート。全体的に黒っぽいそれは臨也の影響かもしれない。飾り気が無さ過ぎる、やる気の無い格好に臨也はくすりと笑って部屋から出ていく。喧嘩の所為で同世代にも顔が知られてしまった為に、ただ外でぼんやりしていたら自宅を突きとめられるかもしれない。そうしたら臨也にも迷惑がかかるだろう。健気な俺は観賞用に買ったサングラスをなんとなくかけてみる。それだけで結構顔の印象が変わるかもと思い、リビングに向かう。

「なにそれ」

開口一番、臨也の台詞。

「目立たないかなと思って」
「結構似合ってるよ。金髪にグラサンって良いかも」

幼い頃に、まるで平和島静雄を他人にするかのように、臨也によって早い内から金髪にされた俺。別に不満や文句は無く、今やこの色が自分だと思っている。逆に黒髪だった自分が思い出せなかった。
素直に褒められると思っていなかった俺は咳払いで誤魔化しながら玄関に行く。慣れない青黒い視界だったが、臨也に手を振ってエントランスまで降りた。何分ぐらいで着くのか聞いていなかったなと後悔し、出る時に持ってきたガムを口に含んだ。
爽やかな清涼感をもたらすガムを飽きる事無く噛み続ける。風船って作れたっけ、と舌と口を器用に使って膨らませる。だが上手く出来ない。暇つぶしに携帯でニュースを調べ、臨也は風船作れるかなと何の気なしに考えていると、道路の向こう側に黄色い布を見つけた。一人で居る少年。写真で見た姿と一致した。何度か下校の際に、ファーストフード店や駅前に居る姿を目撃している。臨也の言う通り暗い表情を不安そうに揺らしていた。手に紙を持っている辺り、臨也の住所を探しているんだろう。

(臨也の個人情報をまき散らすなよ)

苛立ちからガムを吐きかけたが、それはマナー違反なのできちんと紙にくるむ。手をポケットに突っ込んで、紀田正臣に視線を送る。これでは明らかに俺の方が不良だ。俺に気付いた紀田は驚いたように眼を見開き、信じられないものを見るかのように表情を曇らせた。
信号が赤になり、紀田は恐る恐るといった歩調で近付いてきた。何度か紙に眼を落しているのを見るに、確認しているんだろう。というより疑っているんだろうな、『情報屋』折原臨也の住所の前に仁王立ちしている『喧嘩人形』平和島静雄の姿を。

「紀田正臣だな」

作品名:月曲 作家名:青永秋