病的愛的恋愛
先にシャワーを浴びてベッドに転がる。
携帯をチェックしたけど帝人君からの連絡はなかった。
きっとあの子のことだからハンバーグを作ってるはずだ。
(そういえば、俺が家にいない時にあの子を入れるのは初めてだな・・・あ)
しかも今思い出したけど、俺マスターキーをあの子に渡してしまっている。
わざわざ合鍵持って外に出かける奴なんていない。俺だってそうだ。
つまり、
(あの子がいないと俺、家帰れないじゃん)
でもきっと「おかえりなさい」とか言ってくれるんだろうなと思えば、それも悪くない気がした。
「何を考えているの?」
ギシリとベッドが沈む。
風呂上がりなのに相変わらず濃いメイクをした女が、これもまた相変わらずの笑みを浮かべて俺を見下ろしていた。
ふっと笑ってその腕を引いてやる。
「あなたのことですよ」
我ながら寒気がするほどのセリフを言って、女を抱きしめると、俺の背中にきつく手が回る。
(あの子は俺の背に手を回せない)
抱き締めれば恥ずかしがって、俺の胸に顔をうずめるしか出来ないのだ。
数え切れないほどには抱いてやってるのに、未だに帝人君は初心な姿を俺に見せつける。
女の肌に舌を這わせ、手で愛撫する。腰をくねらせる様は確かに男の目から見て楽しいものではあるが、
(・・・つまらない)
こんな胸なんてなくていい(だってぺったんこだ)
髪がうっとうしい(短髪だし)
香水くさい。化粧臭い(そんなものあの子はつけないし、しない)
あぁ、こいつは帝人君とは似ても似つかない
「・・・・え?」
手順を踏んで、さぁ挿れようかと女の片足を持ち上げた時だった。
ゴムを・・と思って自分のそれを見て、俺は固まった。
そりゃ、自分でも興奮はしてなかった。それはわかってた。
だけど、まさか、まさか、まさか・・・!!
「・・・ねぇ、っどうしたの、はやく・・」
「あ、え、えぇ」
勃たないとか、どうすればいいの!?
なんとか誤魔化そうと、女の胸に顔をうずめる。
前戯を再度繰り返しながら必死に考える。
(え、待って待って、嘘)
(目を閉じろ、頑張れ俺、そんな馬鹿な)
(こういう時はとりあえずイメージ!今すぐ興奮できるようなイメージ!)
(体はこんなに柔らかくなくて、どっちかというと骨と皮みたいので。髪はサラサラで短くて、まるい頭がさわり心地良くて)
(細すぎる足を持ち上げては腰の細さにびっくりして、また何か食べさせなきゃって思って・・・・)
思って?
自分の思考にカッと目を見開いた。
あえぐ女の顔が目に入ってまた慌てて目を閉じる。
(やばい今また一気に萎えそうになった。そうじゃなくて、それじゃなくて、いや待て俺、何想像した?何想像してるの?)
まるで、まるで、まるで、そんなの――― 帝人君じゃないか。
「・・・あ」
勃った。
(え、何それ、つまり俺、帝人君で勃った?女じゃなくて?こいつでも他のやつでもなくて?帝人君で)
「どうしたの?早く、ナカ・・」
うるさい黙れ、今俺は人生の岐路に立たされてる。
「・・・ねぇってば!」
女の腕が俺の背にまわりそうになって、慌てて振り払った。
ヤバイ、だって駄目だ。
だってこいつは帝人君じゃない。
「・・・・・ごめん、無理。あんたじゃ無理。絶対無理。何としても無理。え、何これ」
「ちょ・・・っなに言ってんのよ!」
「俺も知らないよ。でも本当に無理。ありえない。あんた抱くとかありえない」
「な・・・っ、ば、馬鹿にして!!」
「ごめんね、今まで情報ありがと。でももう会わないし、うん。まぁまぁ楽しかったってことにしておくよ」
ベッドでぎゃあぎゃあと喚く女を捨てて身なりを整える。
ホテル代とか諸々込みで諭吉を数枚投げ捨てると、ホテルを飛び出した。
今俺は傍から見てどういう状況なんだろうか。
慌てていたせいでタクシーをつかまえるなんてこともできずに、とりあえず走る。
曲がり角を曲がって、直線距離では人にぶつかって、髪が乱れてるのもわかってるけど、とりあえず今はひたすらあのホテルから離れたかった。
いや、離れたいのは自分の思考からかもしれない。
だってなんで?
ありえない。どうしよう。なんで。
そういえば帝人君抱いてから、俺他の子って誰抱いたっけ?
思い浮かぶ何人かの女性。
あの子は髪が短くて、あの子は腰が細くて、あの子は少し青い目が似ていた・・・そうだ、似てた。誰に?
帝人君に。
そうだ、あの子ピアス穴なんかあって、帝人君にはそんなのないのに、化粧なんかあの子はしないのに。
少しおどおどしていて、だけど慣れてきたら毒舌で、でも作ってくれる料理美味しくて、あぁなんだよ、なんなんだよ俺。
嫌だ、そんなの信じたくない、信じられない。
俺、帝人君が好きなんだ。
「は、ははは、そんな馬鹿な。なんであんな子供、しかも男、好きとかないないありえない」
はははと乾いた笑いをこぼしていたら、背後で砂利を踏む音。
「いーざぁーやーくーん。なーんでてめぇがこんなとこにいやがるんだぁぁ?」
「・・・シズちゃん。悪いんだけどさ、俺、今すっごく機嫌悪いんだよね、死んでくれない?」
考えたくない自分の気持ちはとりあえず置いておいて、今は目の前の男を殺してすっきりしようとナイフを握りしめた。