病的愛的恋愛
学校からの帰り道を一人で歩く。
あれから・・・臨也さんと決別してから、数日が経った。
(忘れなきゃ忘れなきゃ。臨也さんのことなんて忘れなきゃ)
そう思って、チャットに顔を出すこともやめて、携帯からは臨也さんのアドレスを着信拒否にした。
ここで削除できなかったのは僕の弱さだった。
なんども削除のところにキーを持っていくけれど、それを消してしまうのが悲しくて、苦しくて、でも臨也さんの冷たい言葉、視線、そしてあの綺麗で可愛い女の人たちの姿を思い出して、また削除キーに指を持っていって・・・と繰り返す。
それでもどうしても消せないままで。
一人で家に帰れば寂しくて。
ご飯なんか作る気も起きなくて。
空腹と睡眠不足で油断してたら、体育の時間にサッカーボールが額に直撃した。
(おでこ痛いし、どうせ家に帰っても誰もいないし・・・なんか疲れた)
ふとした瞬間に、どうやっても臨也さんのことを思い出してしまう。
あの憎たらしい笑顔とか、案外優しく触れてくる手つきとか、子供っぽい言動とか。
仕方ないですねぇって僕が笑って頭を撫でれば、満面の笑みを浮かべてさらにわがままを言ってくる。
それを嬉しいと思ってしまっていた自分が馬鹿だと思う。
(違う。忘れなきゃ、忘れなきゃ・・・もう、いないんだから)
手を振り払ったのは僕だった。
だけど、臨也さんにとっては最初から僕の手を握ってもいなかったんだ。
「はぁ・・・最悪だ」
鍵を取り出して差し込む。
ガチャリと音が鳴るはずのそれは、何の抵抗も音もなくスルリと回った。
(鍵、かけ忘れた・・・?まさか、じゃあ、泥棒!?)
まさかこんなボロ家に!?と訝しがるけれど、鍵がかかっていなかったことは事実だ。
さすがに1人暮らしで鍵をかけ忘れるほど僕も慣れてないわけじゃない。いくら臨也さんのことで頭がおかしくなっていたとしても、だ。
いざとなったら警察を呼ぼうと、片手に携帯を握りしめ、そっと扉を開いたら、
「あぁ、おかえり帝人君。遅かったじゃないか」
「・・・いざや、さん?」
真っ黒な姿。コートも、髪も、何もかもが真っ黒で、ただ秀麗な顔に浮かぶ笑みだけが白く血の気がなかった。
(なんで・・・どうして、ここに)
信じられなくてパチリと一つ瞬きをしても、臨也さんの姿は消えない。
ゆらりと臨也さんの白い手が上がって、テーブルをはさんだ向こう側を指先が示す。
「とにかく座りなよ、話がしたいんだけど」
「・・・僕には話なんて」
「座って」
ぞっとするような顔色のなかで、赤い眼だけが異様なほどにギラギラと光っていた。
まるで刀を持っている時の園原さんみたいだけど、園原さんはもっと澄んだ明るい光だった。
臨也さんの様子は明らかにおかしい。赤いのに黒く淀んだような・・まるで憎しみでも込められたかのような色だった。
その目と低すぎる声音に逆らえるような状態じゃないことを理解する。
ここで拒否したら、ナイフで刺されるんじゃないかと思うほどの迫力だった。
おずおずと靴を脱いで、示されたそこに正座する。
迫力に負けたというのは悔しいけれど、その悪すぎる顔色を心配してしまう気持ちも、僕の中に残ってしまっている。
(駄目だ。もう僕はこの人のことを忘れるんだから・・・)
痛いだけの恋愛なんて、もうしたくないんだ。
僕が座ったのを見届けて、臨也さんは口を開いた。
「なんで、携帯繋がらないの。どうして、チャットにも来ないの」
「・・・会いたくないからですけど」
「なんで、俺のとこ来ないの。なんでご飯作ってくれないの」
「なんでって・・・もう、別れましたから」
臨也さんの言葉に返事をしているはずなのに、臨也さんは僕と見ようとしない。
僕の返事を聞いているかもあやしい。
次第に臨也さんは質問と言うよりも、ぶつぶつと独り言のように言い始めた。
その姿に、言葉に、背筋がぞっとした。
「なんで俺の知らないとこで怪我とかしてるの。なんで俺の側にいないの。なんで俺を見ないの。俺の名前を呼んでよ、手の届くところにいてよ。お腹すいた、ご飯食べたい。ハンバーグだって1人で食べたよ、ねぇなんで俺が寂しい思いしなきゃいけないの。どうして俺が泣きそうにならなきゃいけないの。寝たいのに寝れないし、ベッドは広いし、ソファは帝人君が座ってたはずなのになんでいないの。なんで、なんでどうして!!」
「い、ざや・・・さん?」
思わず体が後ろに下がった。
トンと壁に背中が当たる。
ふっと顔を上げた臨也さんが、あの赤い目を大きく見開いた。
「どうしておれからにげるの」