病的愛的恋愛
僕だって何かを期待してあんな言葉を打ったわけではなかった。
むしろ混乱していたに違いない。
でないとこの僕があんなに大胆なことを、しかも臨也さん相手に言えたわけない。
だけど僕が発信してしまった言葉に、事態は動いてしまった。
その結果――
「ん、あぁ、ふ・・・ぅ、いざ、や、さ・・・」
「・・・っ、なに?もう止めたいとか言うつもり?」
「い、わな・・・けど、・・・ょ・・っと、まって、しんど・・・」
「何言ってんの、まだ1回しかしてないし。もーちょっと体力つけなよ帝人君」
そう言ってベロリと首筋を舐められる。
臨也さんの体越しに、ゆらゆら揺れる自分のなにも履いていない足が見えた。
その足を臨也さんの腰に絡めると、「ははっ」と臨也さんが楽しそうに満足げに笑う。
また僕の中で硬度を取り戻したそれが最奥に叩きつけられる。
ぐじゅ・・とそこから漏れる音が恥ずかしくて、固く目を閉じた。
こうやって臨也さんに貪られるようになるまで、大した時間はかからなかった。
臨也さんは思っていた通りスマートに事を運ぶ人だった。
まめな連絡が入るわけではなかったけど、僕がメールしたらすぐに返信があったり、食事にも誘ってくれたり、プレゼントと言って一緒に買い物へ行ったら何かを買ってくれた。
べたべたするとまでは言わないような適度な距離と優しい言動、まさに彼氏の見本のような人だった。
だから家に誘われた時も、半分の好奇心と半分の納得と言うか諦めと言うか・・まぁこうなるよな、と普通に思ってしまった。
最初はそれでもやっぱり怖くて仕方なかったけれど、何度も繰り返されれば次第に慣れて、こんな風に自分で足を絡めるなんて真似までできるようになってしまった。
背中に手を回すことだけは、傷つけてしまうのが怖くてできなかったけれど。
だけどどれだけ体を重ねたとしても、僕は幸福感を得ることなんてできなかった。
だって臨也さんには、僕だけ、ではなかったからだ。
「ふぅ・・・お疲れー。お風呂入ってく?」
「当たり前ですよ・・上がったらすぐ出ていくので安心してください」
「はいはいよろしく。次の子と鉢合わせしたら俺もそれなりに困るからさ」
行為を終えた僕はもう慣れてしまった風呂場までの道のりを一人で歩く。
さすがに恥ずかしいのでシーツは体に巻きつけたままだけど。
床に散らばっている服と下着を拾い上げる。臨也さんのほうを伺えば、簡単に身なりをもう整えて携帯をいじっている。
たぶん次の子との連絡を取っているんだろう。
僕がいつまで経っても寂しい思いから抜け出せないのは、こういうことだ。
あの時、僕と付き合ってもいいと言ったあの軽いノリは、本当に軽い気持ちからだった。
告白の後に会ったときに、「あぁ俺他にもそういう相手いるから、自分が特別とか誤解しないでね」と速攻で言われたものだ。
びっくりして言葉も出なかったけれど、まぁ臨也さんだしそういうこともあるだろうと自分を無理やり納得させた。
あの人が僕だけのものになるなんて、普通に考えてありえないだろう。
シャワーのコックを捻ると温かいお湯が降り注ぐ。
またこのシャンプーを使うと、臨也さんと同じ匂いになってしまって、家に帰ったあと何とも言えない寂しさに襲われてしまうんだ。
処理のためにシャワーを自分のお尻に近づける。
ボディソープを絡めた指を一本そこへ突っ込むと、「んぅっ」と意識しない声が漏れた。
お湯を流しこんで、腹に力を入れると、ドロリとした白濁が排水溝へと流れていく。
出されては死んでいく精子の塊がぐるぐると円をかいて沈む。
こんなシーンは女の人は見ることないんだろうなぁと思うと、やっぱり胸のどこかが苦しくなった。
そもそも臨也さんが女性に対してコンドームをしないなんてあるだろうか、そんな失敗する確率もあるようなことを。
そう考えると、あの熱を直に受け止めているのは僕だけなのかな、なんて思ってしまって、自嘲の笑みがこぼれた。
「お風呂ありがとうございました。それじゃ・・・」
「はーい。まったねぇー」
ソファに腰掛けたまま、こちらを振り向くことなくひらひらと手が振られる。
こんな扱いに満足なんてできるわけない。
だけど、満足しなきゃいけない。
少なくとも臨也さんに何かを求めるなんて、普通に考えてできるわけない。
だってあの人はあまりにも普通ではなさすぎる。
職業も趣味も性格も、規格外過ぎて、普通の愛情を求めるような相手ではない。
臨也さんとこんな関係になった時、あの人が言ったことは「付き合おうか?」という軽い言葉だった。それが始まり。
僕に対して愛情があって結ばれたつながりじゃないから、ちゃんと僕は理解している。
いいや、言い聞かせているんだ。
臨也さんには、何も求めてはいけないことを。
「・・・あ、」
マンションのホールをくぐれば、ちょうどインターフォンを押している少女がいた。
僕と同じぐらいの年ごろだろうか、制服ではなかったけど背の高さが同じぐらいだった。
ふわりとワンピースの裾を揺らしながら、名前を告げている。
その相手が臨也さんだということを、部屋番号の表示が見えたせいでわかってしまった。
はぁ、と一つため息を零して首だけで少し振り返る。
少女は僕のことなんて意識することもなく、短めの黒髪を靡かせて足取りも軽く去って行ってしまった。
(あの子には、中出しなんかしないんだろうな)
なんて下品なことを考えて、その考えを振り切るように一度頭を振った。