病的愛的恋愛
家に辿りつくと、携帯が震えた。
真っ暗な部屋の明かりをつけながら、ポケットから取り出せば表示されている名前は
(臨也、さん?)
ついさっきまで抱きあっていた年上の恋人の姿が脳裏に浮かぶ。
同時に、ホールでインターフォンを押していた少女の姿も。
どうせあの子との、そういった行為を終わらせた後だろう。
(この時間だし、ね)
そういう計算ができるようになった自分が恨めしい。
あの人の手順、それにかける時間、告げられる言葉、案外優しい手つき、そういったのが浮かんでは消えていく。
メールを開いてみれば、簡素に書かれた言葉。
「今日は楽しかったよ、また今度・・・・か」
肩の力がふっと抜ける。
こういったフォローがちゃんと入るからあの人はたちが悪いのだ。
まるで自分が特別なんじゃないか、とか思わせる。
特別じゃない、ととっくに宣言されているというのに。
「・・・・馬鹿馬鹿しい」
この場合、馬鹿なのは僕だけど。
「ホントに、馬鹿馬鹿しい・・・・」
こんなメールを保護してしまう、僕が本当に一番の馬鹿だ。
+
それからも僕らは時間と体を重ねた。
それでも臨也さんの態度は一貫して変わることがなかったし、相変わらず他の女の人との関係は続いているようだった。
少しだけ変わったことがあるとすれば――
「臨也さん、今日は家に帰ろうと思うんですけど」
「えーなんで?夏休みなんだし別にいればいいでしょ。それとも何、あのあっつい部屋でこの東京の熱帯夜を過ごすのが君の趣味なの」
「そんなわけないでしょう・・・でも昨日も泊まって」
「あーあー聞こえません。ねぇ、今日俺ハンバーグ食べたい。作って」
「昼からハンバーグなんて僕イヤですよ・・・」
空調の効いたベッドの上で、2人でシーツにくるまる。
抱きこまれた腕が温かい。頬に押し付けられた胸の感触も、もう覚えてしまった。
ぐりぐりと僕の頭のてっぺんに臨也さんの顎が当たる。
痛みにイラッとしたので、二の腕の内側に噛みついてやれば「くすぐったいよ」と逆に笑われてしまった。
僕が臨也さんの家に泊まるようになったのが、いつぐらいからだったかは覚えていない。
たぶん最初は長く抱かれたせいで気を失ってしまった時だと思う。
気絶した僕を、臨也さんは風呂に入れて、服を着替えさせて、代えたシーツの中で僕をまるで抱き枕のようにして眠っていた。
朝起きた時の僕の衝撃たるや、思わず悲鳴を上げてしまったぐらいだ。
目の前に臨也さんの寝顔があったんだから、叫ぶのも仕方ないだろうに、あの人は気に入らなかったのか腰の痛む僕に手料理を作れとのたまった。
それから、なぜか気絶するほど抱かれては朝食兼昼食のご飯を作り、少し体を休めて家に帰ろうと思えば夕飯を食べようと外食に誘われる。
貧乏学生たる僕は奢りという言葉にふらふらと付いて行ってしまって、そしてそのまま自分の家に帰ればいいのに、なぜか臨也さんに腕を引かれてまたこの家に来てしまう。そして・・・その後はエンドレスループだ。
このループから脱出する時は、臨也さんに何か用事がある時だ。
仕事もしくは、僕以外の人を抱く時、だ。
「ハンバーグの材料なんてあるんですか?」
「なければ買いに行けばいいでしょ」
「・・・僕が?」
「可哀そうだから付いて行ってあげてもいいよ」
「死ね」
容赦なく告げると、逆に嬉しそうな顔をして臨也さんは僕の額にキスをした。
臨也さんがMなわけではなく、僕がちょっとした反抗をするのが楽しいんだそうだ。
前に思い通りにならないのも面白い、と言っていたのを聞いた。
なんでこんな人を好きになってしまったんだろうと、自問自答するけど結局答えは出ない。
顔が好きなのか、性格が好きなのか、それとも(恥ずかしいけれど)体なのか、声?お金?よくわからない。
でもこの顔で違う性格だったりしたら、それは臨也さんじゃないと思う。
逆にこの性格で違う顔だったら、それはそれで臨也さんな気もする。
つまり、最悪なことに僕は顔とか声とか体とかそういうものではなく、この最低な人の性格が好みなのかもしれない。
(僕の人生、早くも終わった・・・)
はぁ〜と長い溜息をつけば、ぱくりと片耳を甘噛みされる。