病的愛的恋愛
ガサガサとビニール袋が揺れる。
「臨也さんが食べたいって言ったんだから、持ってください」
「帝人君はほんっと非力だよねー。これぐらい持てないの?男の子なんだから頑張らなきゃさぁ」
「ここぞという時は頑張りますよ、でも今はここぞじゃないので。あと嫌なら捨てて帰りますけど」
「仕方ないなぁ。ほら、それ寄こしなよ」
僕が2つ。臨也さんが1つ。文句を言う臨也さんの右手に無理やり1つ持たせたけれど、左手でちょいちょいと僕が持っている袋を示される。
まさか臨也さんにそんな優しさが!?とフリーズしていれば、動かない僕に焦れたのか、ひょいと1つ袋を奪われてしまった。
両手に1つずつスーパーの袋を持つ臨也さん・・・
(どうしよう・・・わかってたけど、ものすごく似合わない・・!)
こみ上げる笑いを必死に抑え込む僕と、ムスッとにらむと「とっとと帰るよ」と歩きだしてしまった。
「す、すみません臨也さん・・・っ、あ、ありがとうございます・・ふふっ」
「べぇっつにー、お優しい臨也さんに対して、帝人君は爆笑するっていう冷たい心をお持ちのようでー」
「はははっ、す、すみません、だって似合わなくて・・!」
「帝人君は似合うよね」
スーパー袋を片手に持つ僕をちらりと一瞥して、臨也さんはハッと笑った。
「そりゃ庶民ですから」
「ふぅん。ま、帝人君に俺みたいな生活はできないよね」
「誰も出来ないと思いますよ、臨也さんの真似は」
金のあるなしとは別に。と言ってやれば、臨也さんは手が使えない代わりに僕の足を思いっきり踏んだ。
「い・・・っ!!」
「帝人君が意地悪言うからですー。お仕置き!」
「・・・んのっ、臨也さんのハンバーグはミニサイズですからね!」
「えっ、何それヤダ。俺大きいの2個食べるからね!デミグラスソースじゃなきゃヤダし」
「わがままですね!」
「でもちゃんとデミグラスソースの元、さっき買ってるの見たしね。帝人君ったらツンデレ〜?」
「別にっ、デレてません!!」
腹が立ったので袋をぶつけてやろうと振り回したら、あっさりと避けられた。
にまにま笑う顔がむかつくので、臨也さんにならって足を踏んでやろうかと近づくと、「あ」と臨也さんが声を漏らした。
僕の後ろを見ている臨也さんの視線をたどって後ろを振り向けば、(あ、)
「こんにちは折原さん。お久しぶりね」
「・・・どうも、お久しぶりです。こんな所でお会いするなんて奇遇ですね」
ボリュームのある髪を綺麗に巻いた、少し化粧が濃い目の女性がいた。
ちょっとたれ目ぎみの目が印象的で、雰囲気がなんというか――迫力があった。
大きい胸を強調するような襟繰りの広い服を着て、さらに胸を寄せるように腕を組む。
余裕がある感じのする笑みを浮かべて、その人と臨也さんは挨拶から少し濃厚なものへと会話が変化していく。
「最近はご無沙汰じゃない?私に飽きたのかと思って心配してるんだけど?」
「まさか、とんでもないですよ。少し厄介な案件を抱えていたもので、あなたをお招きできるような状態に家を整えることができなかっただけです。あなたにはいつだって完璧な僕を見ていてほしい・・そう思っているので」
「本当?そう思っていただけるのなら嬉しいわ。でもそうね、今日は私暇なのよ。ちょっと遊んでいただければ嬉しんだけど?」
「もちろんですよ。むしろお声かけしていただけるなんて光栄です」
(え?)
後ろで小さくなっていた僕の耳に、臨也さんの楽しそうな声が飛び込んでくる。
俯いていた顔をあげれば、あの女性と目が合った。(う、わ)
慌ててまた下を向くと、地面と僕の顔の間に、ズイと白いスーパーの袋が現れる。
袋の握っている手をたどれば、さっきまでの笑みが嘘のように表情をなくした臨也さんの顔。
「はい、これ。ハンバーグちゃんと作っておいてよ」
「・・・え、あ、臨也さん!?」
押し付けられたそれを慌ててキャッチすれば、そんな言葉を吐き捨てて臨也さんは女の人の手を取った。
僕の呼びかける声を一切無視して、女性に笑みを向ける。
(なん、で、どうして)
そのまま歩き出した2人にどうすることもできなくて、僕は立ちすくむ。
と、振り返った臨也さんが僕に何かを放り投げた。
「えっ、わ、っと・・・カード?」
「それカードキーだから。あとよろしく」
薄い初めて見る臨也さんの家の鍵・・というかカード。
それとスーパーの袋3つを握りしめて、僕はその場に取り残された。
風に乗って聞こえる臨也さんと女性の会話の中で、「あの子は?」「んー、ハウスキーパー見習いみたいな?」という声が聞こえた。
聞きたくなんて、なかった。