病的愛的恋愛
「お、おかえりなさい・・・」
と、ドアを開けながら言った僕に向かって、臨也さんはギュッと眉をしかめた。
なんだか僕は嫌な予感がして、きつく拳を握りしめる。
「・・・なんでいるの?」
「あ、えっと、ハンバーグを・・・」
「ハンバーグ・・」
思っていた以上に冷たい声に、肩に力が入る。
テーブルの上にすばやく視線を走らせると、臨也さんは「あぁ・・」とため息交じりに呟いた。
「いらない」
「・・・っでも、臨也さんが」
「いらないって言ってるだろ。あぁ面倒くさいなぁ」
一瞬頭が真っ白になった。
臨也さんが喜んでくれたら、と思いながら作った午後の時間を思い出す。
あの時間に、この人が何をしているかなんてわかっていた。
僕のことなんて、この人が顧みないことなんて知っていた。
だけど・・・
(あんまりだ)
「・・・いっ、ざやさん!」
「あぁもう、うるさいなぁ!」
チッと鋭い舌打ち。
サマーコートがばさりとソファに投げ捨てられる。
そこから香ったのは、臨也さんのいつもつけている香水の匂いではなく――あの、女の人の匂いだった。
(わかってる、知ってる、僕は特別じゃないって理解してる)
だけど、だけど、じゃあこの扱いは何なのか。
あの時臨也さんが持ちかけたのは、軽い言葉だったとしても「付き合おうか」だったはずだ。
なら、せめて、僕は男だけれど、何人もいるだろうけれど、それでも恋人という位置にいるのではなかったのか。
「臨也さんにとって・・・僕って、何、ですか・・・?」
声を震わせないようにして、聞いた僕の精一杯の問いに返されたのは
「さぁ?そんなことどうでもいいから、とりあえず風呂――」
ブツン、と頭のどこかで何かが切れたような音がした。
そして僕の口から飛び出た言葉が、
「・・・っもう臨也さんなんて知りません!別れます!」
馬鹿なことを言っていると自分でも思った。
だって、今臨也さんの口から出た言葉では、僕らは恋人同士ですらなかったということなんだから。
期待なんてしていないはずだった。辛くなんてないはずだった。だけど、今どうしてこんなに僕は苦しい?
「あっ、そう。別にいいけどさ。鍵はちゃんと置いて行ってよ」
「っわかりましたよ!あなたなんか好きにならなきゃ良かった!」
預かっていたカードキーをテーブルに投げ捨てる。
置いたままだった自分の鞄をつかむと、臨也さんの家を飛び出した。
家にたどり着いて玄関に崩れ落ちる。
(いざや、さん・・・いざやさん。臨也さん、臨也さん・・・っ!)
女々しく心の中であの人の名前を呼んでしまう。
(今日だけ・・今日だけ、もう明日からは、思い出さないから・・っ)
ボロボロと流れる涙と一緒に、臨也さんへの想いを全部流して捨ててしまおうと、捨ててしまいたいと、僕は心から願った。